オルタナティヴでいこう! 〜もう一つの選択肢
 人は時に壁にぶつかる。でも、世界は広い。ふと視線をずらすだけで「想定外」の解決策があったりする。家族・教育・仕事など幅広い分野で執筆するライターが綴る、「その先」のアイデア。

6月27日の夜は、新宿ジュンク堂書店へ行こう!


JUNKU トークセッション
2008年6月27日(金)
PM6:00/開場 PM6:30/スタート(PM8:00終了)


6・11発売
社会起業家に学べ!』(今一生・著/アスキー新書)
刊行記念トーク&サイン会


 社会問題に対して評論や問題提起がはびこる中、自ら事業を興して働きながら解決に取り組む「社会起業家」がいる。
 個人でも始められる、無理のないソーシャル・アクションとは何か?
 社会起業に興味のある学生、CSRに悩む企業人、お手伝いしたい主婦も一緒に話そう!


【出演者紹介】

●今一生(こん・いっしょう)
 マスコミ広報術やイベント、ゼミなどで社会起業家を多面的に支援するフリーライター。『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)著者。
http://createmedia.co.jp

●山本繁(やまもと・しげる)
 漫画家の卵を都内に安く住まわせる「トキワ荘プロジェクト」などを仕掛けてクリエイター志願の若者を支援するNPOコトバノアトリエ代表。
http://www.kotolier.org/

●真田武幸(さなだ・たけゆき)
 毎夏、マンパワーだけで秋葉原でメイドさん100人と数千人の一般参加者を集める「コスプレうち水」などを仕掛けるNPO法人リコリタ代表。
http://licolita.org/

☆会場:ジュンク堂書店 新宿店 8階喫茶
http://www.junkudo.co.jp/sinjuku.html

☆入場料:1,000円(1ドリンクつき)

☆定員:40名(これを超えると立ち見。予約・来場はお早めに)

☆受付:7Fカウンター(電話予約を承りますTEL.5363―1300 FAX.5363−1301)

※その場で『社会起業家に学べ!』をご購入の方に著者がサインさせていただきます。
※終了後、近くの飲み屋さんで来場されたみなさんとの懇親会を予定しています。
 (懇親会についての問い合わせは、conisshow@gmail.comまで)

印税で社会起業を支援する「1%プロジェクト」構想

 毎日やってる自分の労働が、「無理なく楽しく手ごたえのある」形で世の中にとっていいことになれば、この社会はもっと明るくなると思うんだよね。

 で、その一つのアクションとして、自分が生産している商品の売り上げの1%程度が、社会が良くなることに使われるような仕組みを作っていくことが大事な気がするんだ。

 同じ商品を買うにも、同じ値段ならそういう「買うだけで社会貢献につながる商品」に手を伸ばす人は増えてきたと思うし、そのように実売に反映するだけの効果が見込めるならば、企業としても、1%程度は言わばパブリシティ予算として考えれば、そんなに無理なことではないと思う。

 で、出版業界では下記のようなアクションが始まっている。

http://www.jen-npo.org/chabo/about/

 これは、本の単価の2%(=著者印税の20%)を難民救済のNPOに送ります、というアクションだ。

 すばらしい!

 しかし、一つだけ残念なのは、著者印税の20%も供出できるのは、ベストセラーを出している作家や、執筆業以外の本業で食っている方だけっていうところ。

 特権階級の人しかできない支援のあり方になっている点は、正直、僕には無理。
 できません。

 どういうことか。
 数字を出して説明しよう。

 現在、通常の書籍の単価が1600円だとしよう。
 印税10%だとして、1冊あたり160円。
 初版部数が最小ロットで3000部だとして、印税配当は所得税込みで48万円。
 これの20%となると、9万6千円になる。

 作家専業で生きている個人事業者にとって、これは都内に住む月額家賃に相当するだろう。
 これは、決して小さい数字ではない。

 1冊書いて(48万円ー9万6千円)×0.9(※源泉徴収分を抜いた印税率)=34万5千円。

 この程度の手取りでは、執筆に数ヶ月かかるのに1か月分の生活費程度しか稼げないことになってしまう。

 これではあまりにもコスト・パフォーマンスが悪く、作家専従者の誰もが真似できる支援モデルではないんだよなぁ。

 確かに、消費者を巻き込んだ社会貢献という意味では、社会的意義が高いといえるけれど、みんなが真似できないものでは、社会に広く浸透する支援モデルとしてはいまいちな気がする。

 さらに言うなら、難民救済は誰もが否定できないすばらしい正義だし、進められるべきミッションだと思うものの、もっと広がりのある活動につなげていくには、単一の団体を支援するよりも、そうした支援活動に取り組む人材を一人でも多く輩出・育成する団体に投資したほうがいいと、僕は考える。

 そこで、「1%プロジェクト」というものを考えた。

 著者印税の10%のうちの10%(=本体定価の1%)を、社会起業家を育成するNPOへ寄付するというモデルだ。

 これなら、単行本レベルで初版時に4万8千円程度、新書なら756円×1万部×0.1(印税)×0.1(寄付配当分)=7万5600円程度(※著者の手取りは61万円程度)を社会起業家の育成に充当させることができる。

 もちろん、著者にとって決して小さいとは言えない数字だが、家賃の半分以下程度の額面であれば、コスト・パフォーマンスの点では広報宣伝費として無理のない範囲といえるだろう。

 なぜなら、同じ内容の本でも、こうした表示をするだけで自分の本を選んでくれる読者を増やすことになるからだ。

 そこで、「1%プロジェクト」に賛同して本を購入した人がどれだけいれば、宣伝効果があったと考えられるのか、試算してみた。

 「1%プロジェクト」をしなかった場合の印税ギャラ=48万円(税引き後43.2万円)。
 「1%プロジェクト」をした場合の印税ギャラ=43.2万円(税引き後38万8千円)
 その差額、4万8千円(税引き後4万4千円)。

 つまり、4万4千円分を仮に宣伝広告費として考えた場合、44000円÷(1600×0.09)=約306人以上が「1%プロジェクト」のおかげで購買につながれば、宣伝に投資したといえるのだ(※カッコ内は1冊あたりの印税ギャラ)。

 この数字は、だいたい初版部数の1割に相当する消費者数といえる。

 書店に置かれる発売当初の1カ月に1割の潜在読者層が購買につながるきっかけを与えられれば、宣伝効果は十分にあったといえるのだ。

 ちなみに、新書の場合、75600円÷(756×0.09)=1111人以上に売れれば、宣伝効果があったことになる。

 いずれにせよ、同じような内容の本で、「買うだけで社会貢献につながる」ことに心を動かす人間が潜在的に10人にたった1人いるだけで、十分に宣伝効果があったといえるだろう。

 しかも、公益法人への寄付金は確定申告の際の節税対策にもつながるのだから、宣伝効果がまったく無かったところでそもそも無駄な投資ではない。

http://allabout.co.jp/career/tax4ex/closeup/CU20041201A/

 実際、本を買う消費者の10人に1人くらいは、「買うだけで社会貢献」という楽しさに乗ってくれるだろうと思うし、それ以上の確率で買ってくれる人がいたなら、それは黒字ベースに乗ることを意味するし、発売当初から速い速度で売れていくことも期待できる。

 印税率が10%カットされても、消費者の購買意欲アップの効果が期待できれば、「1%プロジェクト」をした時としなかった時の印税率の差額は、広がるどころか、狭まって行き、やがては損益分岐点が見つかるだろう。

 イメージだけ言うなら、売り上げの伸び率が30度の角度しかなかったものが、「1%プロジェクト」の効果で45度の角度で伸びていけば、印税9%でも利益が上がるはずだ、という計算なのだ。

 もちろん、たとえ著者として利益が上がらなくても、社会起業家を育成する事業を手がけるNPOを支援できるように、印税の一部による寄付金を供出すれば、その金で新たな社会起業家が生まれる。
 
 そうすれば、社会的インパクトは大きい。

 そして、そういう無理のない支援のありかたが支持されれば、「1%プロジェクト」に参加することに社会的意義を十分に理解できる作家やミュージシャン、画家などが増えるだろうし、それが個人のできる市民運動として定着していけば、「社会貢献は金に余裕のある人のやること」という刷り込みが払拭できるだろう。

 既に、こういう試みは散発的には始められている。

 『哲ねこ 七つの冒険』(飯野真澄・NHK出版)はユニセフに、『夢をかなえるゾウ』(水野敬也・飛鳥新社)は慈善団体に、印税の10%を寄付すると明言し、小山龍介さんも自身のブログで同様の試みをしてきたと告白している。

 こうした動きの情報を統合し、もっと大きな動きにつなげていけるようなきっかけを作ってみたいと思う。

 そこで、6月11日に出す僕の新刊『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)で試みたいと思い、既に各方面との連携に動き出している。

 同じ志を持つ作家さん、ライターさん、著者の方々とも連携し、ムーブメントにしていきたい。

 以上の趣旨に賛同される方で、これから本やCD、その他の商品を印税配当で受け取る予定のある方は、有名・無名を問わず、お気軽に下記までメールをくださると、うれしい。

http://www.createmedia.co.jp

 寄付したい団体の紹介もしてみたいと思うし、このプロジェクトと連携できる企業や団体なども求めている。

 このように、メディア業界から「無理なく楽しく手ごたえのある」支援を起こしていけば、それは他の業界の商品にも波及するだろうし、メディア各社のCSRのあり方を問う試みにもなるだろう。

 それこそが、84%の日本人がまだ知らない「社会起業」に対して認知拡大策になっていくと思うし、ベストセラー作家でなくても、ふつうの人でもできる支援のあり方を示すことになると思う。

 近日中に「1%プロジェクト」の詳細を明らかにしたい。

 乞う、ご期待!

「社会起業家」を支援しよう!

 経済産業省は今春、ソーシャルビジネス(社会起業)の認知拡大策が必要だと発表した。

 昨年来、調査グループが調べた結果、日本人の約84%が社会起業について知らないという推計がなされたからだ。

http://www.meti.go.jp/press/20080403005/03_SB_kenkyukai.pdf
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=595208004&OBJ

 僕は数年前から「社会起業家」を取材し、昨年は東大(駒場)で学生自治会承認による自主ゼミの講師を請け負って社会起業家たちをゲストに招いたゼミを行ってきたし、その講義録をベースに今年6月11日に『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)という本を出版する。

 日本全国の若い社会起業家21団体を厳選して紹介する本だ。

 既に、昨年発売した『プライドワーク』(春秋社)でも、WWBジャパンの奥谷京子さんやコトバノアトリエの山本繁さんなどの社会起業家を紹介したが、新刊『社会起業家に学べ!』ではマザーハウスの山口絵理子さんやユナイテッドピープルの関根さん、ファザーリングジャパンの安藤さんなど、活動10年以下でまだ広報が必要と思われる若い団体を優先的に選んだ。

 そして、「社会起業家とは何か」に答えるために、彼らがどんな社会的ニーズに基づいて活動をしているのかに重点を置いた。

 端的に言えば、社会起業家は「社会問題をビジネスの方法論で解決する人」だ。

 その核心部分は、あくまでも「救済や支援を求める当事者の声」に応える形で活動するということにある。

 逆に、これが理解できていないまま「社会起業」を名乗っても、ひとりよがりの社会貢献になってしまう。

 ところが、大企業のCSR(企業の社会的責任)推進室のwebsiteを見ても、「救済や支援を求める当事者の声」という核心的なニーズに対する関心を欠いたまま、まるでおしきせの校則のようなきれいごとを並べて、あたかも社会に貢献しているかのような印象だけを維持しようという内容を堂々と掲示していることが珍しくない。

 まだ多くの企業は、他社と横並び程度にCSR推進室を設けておけば、社会起業と同様のバリューを感じさせると考えているようだ。

 しかし、本物の社会起業家は、「脱・常識」的な発想で世の中の仕組みそのものを変える「社会変革」を通じて、社会問題の解決に取り組んでいる。

 それは、これまでとはまったく異なる解決手法を開発することに他ならない。

 たとえば、企業にはふつう無給で働く人はいない。

 しかし、社会起業家の企業には無給でも働きたいと望む人たちが集まってくるし、社としても彼らを好意的に受け入れるほか、働きに応じてお金ではない利益(プロジェクト・リーダーとしての権限など)を与えることさえある。

 そうした従来企業との決定的な違いについて知っている人は、まだまだ少ない。

 なぜか。
 新聞、テレビ、雑誌などのマスメディアの企業ですら、10人に1人も社会起業家について知らないからだ。

 昨年秋から経済や社会を専門のテーマにした雑誌の編集部やテレビ番組ディレクターたちに会ってきたが、彼らですら「社会起業家」をほとんど知らなかった。

 たいていが、「社会貢献をする団体」という程度の認識しかなかった。

 核心部分である「救済や支援を求める当事者の声」が、政治や行政などの既存のシステムでは救済されないまま放置されている。

 だからこそ、社会起業家たちが今日の社会に切実に必要とされ、それゆえ増殖しているという世界の現況を知らずにいるのだ。

 こういう状況では、「社会貢献という観点で良いことをしているならばとりあえず報道しよう」という浅薄な取材に基づいた安易な報道が相次ぐことになる。

 その典型的な報道が、「自殺ZEROキャンペーン」である。
 これを手がけるポジメディアのオキタリュウイチ氏は、僕の友人だ。

 友人だと思うからこそ厳しい言い方をあえて書かなければならないと感じるし、彼の魂部分が純粋なのはよくわかっているがゆえに、支援される側の気持ちに配慮しないキャンペーンを続けることによる結果を恐れているのだ。

 なぜなら、彼は浅薄な取材ゆえに好意的に報道されたのを手放しに喜んでおり、そういう報道が増えれば増えるほどべつのメディアからは不当に批判されることだってあるのがマスメディアの世界だとわかっていないからだ。

 もちろん、これはオキタさんに対する僕の勝手な思い入れであって、彼自身がわが身の愚かしさを公に指摘されたくないだろうことも理解しているけれど、キャンペーンが公になればなるほど自殺志願者は置き去りにされるし、それを知らずにオキタさんと同様の間違いをしてしまう人が増えてほしくないから、これを書いている。

 昨今、硫化水素による自殺事件が相次いでいる。
 メディアは、そういうタイミングでは「自殺防止」という活動の報道をしたがる。
 しかし、タイミング良く報道するには、取材が浅薄になりがちだ。

 たとえば、下記のリンクを見ていただきたい。

http://keyrepo.amonya.com/m/v/WdAPeJb6gY4

 これは、昨年のTシャツによるキャンペーンをNHKが取材したものだ。

 mixiコミュ「自殺zeroキャンペーン」を見ればわかるが、このメッセージTシャツによる啓蒙活動に対して、自殺志願者の「当事者」たちがキャンペーン前からずっと「やめてほしい」という声を多数寄せている。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=2123752
http://news.ameba.jp/2007/09/7254.php
http://createmedia2007.blog88.fc2.com/blog-entry-34.html

 自殺未遂者たちを10年以上も取材してきた僕も、このような「生きろ」というメッセージばかりが喧伝されれば、死にたい人をますます生きたくなくさせると感じる。

 要するに、「言葉一つで救われたら死にたくなんてなってねーよ!」という恨みがそこにはあるわけだ。

 これは、死にたいと望む当事者たちに十分なヒアリングを行ったうえで始められたアクションではないことは明白だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080513-00000015-maiall-sci
http://ikiteku.net/

 これは最近、毎日新聞に掲載された記事と、そこで紹介された「生きテク」サイトだ。

 記事では「重いうつ病」と書かれているが、僕はオキタさんが抗うつ剤を飲んでいるのを見たことがないし、精神科に通院していたなんて話も聞いたことがない。

 しかも、「生きテク」が月間10万PVもあるのに2000人程度しかサイトの記事で「死ぬを辞めた」人がいない現実は、わずか2%の効果しかないことになる。

 この記事を書いた真野森作・記者は、おそらくmixiコミュでの評判や、自殺未遂者と向き合う臨床心理士たちに取材をしていないのだろう。

 「硫化水素」が話題になっているうちに記事を仕上げてしまえば、どうせ自殺に関心を持っている人など少ないだろうから、「生きテク」や「Tシャツキャンペーン」が「救済や支援を求める当事者」にどんな効果を与えるかを検証しなくてもいいと考えたのだろうか?

 結果、事情を知る人が見れば、とても嫌な印象を持つ記事になってしまった。

http://www2.city.suginami.tokyo.jp/greetings/greetings.asp

 これは杉並区の区長・山田宏さんのブログだ。

 区長は「生きテク」の実際の効果も確かめないうちから、区のサイトからリンクを張ってしまっている。

 「生きテク」や「Tシャツキャンペーン」、そして毎日新聞や杉並区は、「人に良かれ」と思って始めたことだろう。

 だが、それが「救済や支援を求める当事者」である自殺志願者たちを置き去りにし、ますます死にたい気持ちを増幅させてしまったとしたら、メディアのCSR(企業の社会的責任)や行政の責任としては根本的なミスを犯したことにならないだろうか?

 良い活動が必ずしも良い結果を生むとは限らないのに、なんらリスクヘッジもリスクマネジメントも行わず、手放しでほめていいものだろうか?

 自殺志願者が嫌がる「Tシャツキャンペーン」や、98%が「死にたい気持ちが変わらない」という「生きテク」サイトを機に死にたくなる人が増えても、報道や区のせいではないと言い張れるだろうか?

 人を救える根拠もないところで社会実験をされたら、当事者たちにとってはいい迷惑だろうと思う。

 そもそもこの「自殺zeroキャンペーン」は、「一年半で自殺者3万5千人を4分の1にする」をミッションに掲げて始まったのに、「生きテク」ではサイトの記事を読んで死ぬのを辞めた人をカウントしている。

 2%の自殺志願者は、その時には自殺をふみとどまるかもしれない。
 しかし、それは気分の問題であり、翌日になれば、また気分は変わる。
 つまり、事実上、具体的なソルーションを与えたことにはならないのだ。

 本当に、「救済や支援を求める当事者」に向き合う覚悟があるなら、徹底的に自殺志願者たちや自殺未遂経験者たちに会って、ヒアリングすることが先決だ。

 そこで僕は昨年春に彼と初めて会ってから、自殺未遂経験者である月乃光司さん(「こわれものの祭典」主宰)のイベントにオキタさんを案内したが、彼は会場に居合わせた当事者たちに誰とも挨拶しないまま、帰ってしまった。

 それどころか、彼のまわりに集まった若い学生の一部からは、「今一生は金儲けのことばかり言う」との批判メールまで届いた(笑)。

 この学生は、社会起業家になるには、問題解決コストをペイするだけの事業やビジネスモデルが必要だという意味が根本的にわかってないのだからお話にならない。

 だが、そういう不勉強なスタッフの勇み足を許してしまうほど、オキタさんの周囲には、ちゃんと彼に社会起業を教えてあげたいと思う人が一人、また一人と去ってしまったのだ。

 せめて、当事者による当事者のためのイベントという点で、社会的価値が高い月乃光司さんの「ストップ!硫化水素自殺イベント」から学んでほしい(下記リンク)。

 それは、自死遺族を盾に「生きろ」と迫るライフリンクの方々も、月乃さんの活動から当事者性を学び、ちゃんと当事者の気持ちと向き合うことを覚えてほしいと思う。

 当事者性を分かち合うことこそ、社会起業家にとっての核心なのだから。
 それなしには、ひとりよがりな結果を導くだけだから。

http://www.youtube.com/watch?v=S2YtiFEuCvU
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014506431000.html
http://www.allneetnippon.jp/

 NPOコトバノアトリエの山本繁さんは、オキタさんと月乃さんの両方を支援しているが、「当事者の声」を忘れたアクションにひた走るオキタさんに月乃さんとの決定的な違いを教えてあげられるのは、もう山本さんくらいしかいないかもしれない。

 僕自身、自殺志願者一人一人と向き合うことで時間やお金を10年以上費やしてきたので、「支援する側の生活を保障できるだけのビジネスモデルをオキタさんが持ち得た時にこそ協力する」と言って彼らの活動から一時的に離れたのだが、本気で自殺予防により組んで成果を出すつもりなら、10年間は腰を据えてほしいと思う。

 覚悟は、そういう実績がないと計れないし、10年も自殺志願者たちと付き合っていけば、ひとりよがりの救済キャンペーンによって自殺してしまう人が出てくる事実に向き合わざるを得ない時も来るだろうから。

 一方、社会的効果を十分に考えない報道が珍しくないのは、今に始まったことではない。

 自殺予防に限らず、家出=不良=辞めさせるもの=家出人を帰宅させる文脈での取材、といったお決まりの企画先行型の安いコンテンツはよく見かける。

 家出やプチ家出をする10代には、信頼関係のない相手には自分が親から虐待を受けているという深刻な事情を話せなかったり、あるいは虐待されていることを認めたく無かったり、自覚したくなかったりする子どもも少なからずいる。

 しかし、当事者へ取材する前から企画を先行させるという仕事ぶりを常識的なものとして刷り込まれている多くのメディア関係者は、「どうせ家出や自殺なんて少数派だからクレームが来ても怖くない」と考える。

 これは、同性愛者や障害者、生活保護受給者などの少数派を取材した報道にもよく見られる安易な構えだ。

 要するに、社会的弱者に対する強いコンパッション(共感)によって取材するのではなく、プロデューサや編集長の納得する文脈が反映された番組や記事で仕事を終えてしまうのを取材現場のディレクターやフリーライターたちが当然のことと考えてしまっているのだ。

 これは、テレビ局のプロデューサや新聞社や出版社の編集デスクたちの間にCSRが徹底されてない何よりの証拠だ。

 マスメディアこそCSRが強く問われるべき業界なのに、他人事にしてしまっている。

 彼ら報道現場の人間にこそ「社会起業」とは何かを理解し、学んでもらうチャンスを提供する必要を感じる。

 社会起業家の側もマスメディアに十分に理解されれば、社会変革の仕事がもっと円滑に運ぶはずだ。

 そこで、今年6〜7月に社会起業家をメディア・人材などの面から支援するイベントを行うことにした。

 社会起業家を支援したい人は、社会起業家になる人よりも圧倒的に多い割に、自分の能力をどこの
社会起業家にどのように発揮すれば支援できるのかわからない人は多い。

 その力をそのままにしておくのは、もったいない。
 市民の力を結集するうえでも、そういうイベントを学生中心に手掛けてみたい。
 社会起業家の方々にも集まってもらい、必要な支援をその場でヒアリングし、人材マッチングも行いたい。

 関心のある方は、気軽に下記サイトからメールを送ってきてほしい。

http://www.createmedia.co.jp

 メールをくれた方には、イベントの企画書を送る。
 都内でスタッフ・ミーティングを今週から始めるつもりだ。

 さぁ、一緒に本物の社会変革者・社会起業家たちを支援し、この世の中を少しでも気持ちいいものにしよう!




ハローワークじゃ、農家に人材が集まらない!

 来週28日で、昨年春から始まった東大出の自主ゼミがいったん、終了となる。

 そこで、28日はゼミ受講者有志を2班に分けた「ゼミ発表」をしてもらうのだが、興味のある方は見に来られたし(東大生でなくてもOK)。

http://mixi.jp/view_event.pl?id=27163214&comment_count=1&comm_id=2040296

 さて、この班の発表の一つに「仕事が欲しいワーキングプア層の若者」と「人手不足の農家」を結びつけて、両者にある問題を同時に解消してしまおうという試みがある。

 名づけて「わくわく援農プロジェクト」。
 ワープア層の若者は、街やネットカフェなどで声をかければ何とかなるだろう。
 しかし、むしろ問題なのは、受け入れ農家を見つけること。

 そこで、ハローワークで農家の求人案内を探し、求人事情の一端を垣間見ることになったのだけど、そこでいろいろ気付かされた。

 まず、ハローワークは、仕事のない人に仕事を斡旋するのが役割なのに、仕事が欲しい人の立場に立っていない。
 というか、仕事が切実に欲しい人ほど、いろんなハンデを抱えていることを想定外にしているといっていい。

 ニートやひきこもりなら、まだ選びようがあろう。
 しかし、ホームレスやネットカフェ難民など、今日のメシ代や宿代にすら困窮している貧困層に対して、彼らが自発的に仕事場へ行きたくなる条件が求人情報にないのだ。

 そこにある情報の多くは、農家の名前ではなく、時給額や受け入れ条件ばかりで、「1日からでもOK」とか、「宿があります!」といったような民間の求人情報なら売り文句にするようなコピーもなければ、農家さん側の事情(たとえば、「3ちゃん農業でとにかく少しでも若いワーカーがほしいんです!」といったメッセージなど)が伝わってこない。

 これだと、どれほどその農家が人手不足なのかがわからないし、働きたい人間も実際の仕事が自分にできるかどうかもにわかに判断できない。

 これでは、「安くても生きるために仕方なくやります」という途上国出身の外国人労働者が集まるのも当然のような気がするし、しかも両者を支援したい僕らのような存在にとっては、あまりにも情報が少なすぎて、とまどってしまう。

 せめて「日払いしてます」くらい書いてほしいものだが、それもない。
 日払いなら、ホームレスの若者と一緒に現地に随行し、ホームレス当事者には交通費を前貸しして日当から返済してもらえれば、その日はなんとかなる。
 しかも、宿を提供してくれたり、民泊できるのであれば、長期での就労も可能になる希望を感じることができるのに、それも情報として加味されていない。

 なぜ、このような無味乾燥な情報しかないのかといえば、おそらくハローワークが貧困層の当事者へのヒアリングを自発的に行って、徹底的に行政サービスの質的向上を行おうという意志に欠けているからだろうし、求人を出す農家にしても、長らくあたかもJAの従業員のように言われたとおりのビジネスモデルしか与えられてこなかったからだろう。

 農家は本来、自営業者である。
 だから、JAからの支配を受けなければ、もっと自由にビジネスモデルを生み出せるわけだけど、流通を牛耳っているJAに頭が上がらないし、自主流通を面倒や不安に感じてしまっているから、なかなか時代に見合ったビジネスモデルへ転換する勇気にも欠けるのだろう。

 まっとうな収入を保証し、責任ある仕事として農業の面白さを伝えようと思うのは、たぶん年配の世代ではすっかりあきらめられてしまったようだ。

 しかし、本来の求人は、「とにかく長期で働いてくれる人」という農家側の一方的なリクエストを打ち出すことではなく、そこに面白い仕事があればまずは体験して働いてみたいと思っている若い世代にハードルの低い入り口を設けることだ。

 ボラバイトでは一時しのぎにしかないだろうし、単純作業しかやらないのではスキルも身につかないだろう。

 まずは、1日体験にもまっとうなギャラを払い、農家とワーカーの信頼関係を「お互いに」積み上げていくための仲介者が必要だろうと痛感したし、そこにこそ両者の再生をミッションとするソーシャルベンチャー的手法による解決の突破口があるような気がしてきた。

 このように、ちょっと事情をリサーチしただけでも、支援モデルの軌道修正は行われる。
 最初は、農家から時給とは別に労働時間×100円×人数の紹介料をいただこうと思っていたわけだが、これは職安法に引っ掛かるらしい。

 こうなると、本来は職安=ハローワークそのものがちゃんと責務を果たしてほしいと望むしかないのだが、それがどうやら望むらくもなさそうなので、べつのビジネスモデルが必要となる。

 次善の策として、「わく援」プロジェクトのメンバーには、「せめて農家への交通費を前貸しして随行して農作業を一緒にやり、随行者のギャラからカンパを募って次の前貸し交通費やプロジェクトの活動維持費に充当させる試算をやってみれくれ」と提案してみた。

 事情をリサーチし、当事者ヒアリングを重ねれば、どんどん現実に見合った方法が試行錯誤され、ソーシャルベンチャーモデルもそのつど洗練されてくる。

 このゼミ発表は、机上の空論ではなく、そのモデルを誰もが引き継げるだけの説得力あるものに仕上げ、その仕組みが思わず第三者も参加したくなるような魅力あるものに洗練させていくことで、ゼミが終わっても、そのモデルがブログなどネット上に上がっていれば、全国各地でそのアイデアを誰もが取り入れられるようなものにしていくことである。

 もっとも、短期間の試みなので、ミッション温度や、方法の稚拙さなどは問うまい。
 むしろ、大事なのは、たった1人のワーカーや、たった1人の農家だけでも、このプロジェクトによって確実に救いたいという愛だろう。

 興味ある方は、ぜひmixiコミュ「conゼミ@東大」に参加されたし。
 

自助努力をする人には、自立のチャンスを!

 1999年、僕は一人の家出少年から連絡を受けました。

 ちょうど、被虐待児童と殴られ妻の自立を支援する本『完全家出マニュアル』(メディアワークス)という本を執筆していた頃です。

 その少年は、新興宗教の両親の下で生まれ育ち、中学もろくに行かないまま家出してきたと言いました。

 最初は建設現場で働いたものの、お布施で貧乏な両親の家計で栄養失調を強いられた体では1カ月間しか務められず、新宿2丁目で「ウリセン」を始めていたのです。

 「ウリセン」とは、大人の男性に買われる少年版の援助交際です。

 彼は僕の本の前に『完全失踪マニュアル』(樫村政則・著/太田出版)を読んでおり、2丁目なら隠れられると「学習」し、同性愛者でもないのに売春を繰り返しながら飢えをしのいでいたのでした。

 そんな彼に、僕は言いました。

「いいかい、これまで苦しんだ君の経験は、君自身の財産なんだ。やむにやまれず、そうするしかなかった経験は、決して恥ずかしいことじゃない。だから、君がどうしてもやりたいことができて金が必要になったら、その経験を本に書いて売れ。
 1500円の本でも10%の著者印税なら初版2万部で、税込300万円が君のものになる。出版社の中には、初版部数については、売れても売れなくても著者印税をくれるところがある。君が本気で執筆する気になったら、連絡しておいで。1カ月間くらいならうちの部屋に寝泊まりしてもかまわないから」

 それからしばらくして、彼から「どうしても大学に行きたい。だから本を書きたい」と電話が来ました。
 彼は既に大検に合格し、寮付きのパチンコ店で住み込みで働きながら、2カ月間は働かないで済むだけの貯金もしていたのです。
 その事実は、自助努力を十分に果たした彼の「本気」さと誇りを感じさせました。

 僕は彼を自宅に泊め、本の書き方をほんの少しだけ教えました。

 彼は、ときどき自分の生い立ちを思い出して泣きながらも、1カ月間のうちに400字詰め原稿用紙換算で800枚に及ぶ自伝史を書き上げ、自分がかろうじて知っている有名な出版社の連絡先を104で尋ねて自ら電話し、編集者にアポをとり、出版にこぎつけたのです。

 それが、『「人を好きになってはいけない」といわれて』(大沼安正・著/講談社)という本です。

 このようにして念願の300万円を手に入れた彼は、大手予備校に通い出すことができ、ようやく人並みに大学受験の勉強に励むようになりました。

 本気で「救われたい」と願いながらも、誰もが納得できるような精一杯の自助努力を続けてきたのに、あともう少しだけ頑張れば届くはずの目標に一人ではどうしても届かない。
 そういう人なら、自分のできる範囲で支援したい。
 大沼くんとの出会いから、僕はずっとそんなことを考えていました。

 この国を広く見渡せば、支援を求める弱者は彼だけではありません。

 ニート、ひきこもり、自殺常習者、薬物依存症患者など、数100万人規模の社会的弱者が十分な支援が得られず、時間の経過とともに貧乏になっていくワーキングプアの暮らしを余儀なくされています。

 しかし、まったくのボランティアで支援していくと、支援する側が膨大な時間や資産、体力を消費するばかりになり、支援活動を続けられなくなります。

 僕自身、自殺未遂者たちからの相談や悩み話を昼夜問わず聞くような生活を10年以上も続けていたら、自己破産を余儀なくされました。

 その後、ソーシャルベンチャー(社会起業家)の活動を知るにつれて、支援活動を持続可能なものにしていくにはビジネスの手法を用いる必要があると痛感しました。
 ビジネスの手法を使うとは、たとえば、支援活動そのものが支援対象を救うのと同時に、支援する側の収入にもなるような働き方を採用することです。

 それなら、1個のリンゴを分け合って食べ合うことで両者がフェア(対等)な立場でお互いの財産を商品化するビジネスモデルも成立するはず。

 支援を求める人には「苦しかった経験」という財産があり、僕にはその経験を物語化して短時間で効果的に伝える「編集技術」という商品化のスキルがあります。

 当事者と僕が2ショットで話す講演というスタイルで全国各地を回り、どんなに落ちぶれた人生であってもその「苦しかった経験」こそが財産であると気づき、その商品化から開かれて行く未来があることを、多くの人に伝えたいです。

 この「当事者と一緒」プロジェクトによって、支援を求める人がやがて「サバイバー」(かつての当事者)として独立して講演を依頼されるようになり、そこから「ソーシャルベンチャー」を興したり、「サポーター」(支援者)として支援する側に回れる日が来るように、一つでも成功事例を増やしていきたいです。

 自助努力をちゃんと続けていけば、その重みをちゃんと評価して「あと一歩」のもどかしい状況から救いあげてくれる人が現れるのだという空気を、あなたと一緒にこの国に作りたいです。

 あなたの街に、ぜひ僕たちをお招きください。



《講演申し込み・お問い合わせ》

 下記サイトをクリックしてください。

●講演企画☆『当事者と一緒』

「レンタル空手家」の遠藤くんを君の街へ呼ぼう!

 僕の若い友人であるフリーライターの遠藤一(えんどう・はじめ)くんは、昨年(2007年)4月から「レンタル空手家」というソーシャルベンチャーを始めている。

 これは、家から出られないひきこもりやニートなどに出るきっかけを作るのと同時に、体を動かしてスカッとする気分から精神的な安定にもつなげていこうとする試みだ。

 どうして遠藤くんは、そんな試みを始めたのか?
 それは、彼自身の当事者性に根ざした、魂の仕事だった。
 彼自身が書いた文章を、下記に紹介しよう。



■僕が『レンタル空手家』を始めたわけ
 〜ひきこもる情熱を空手道に傾けて

 文責・遠藤一



 19歳で大学受験の浪人生だった1999年。
 僕は、浪人生なのにまるで勉強する気がしませんでした。
 未来への夢も何も見えませんでした。
 アルバイトを週何日かしながら、残った時間はマンガや本を読むことで時間をつぶしていました。
 とても不安でした。

 その頃、新宿で行われていた自殺をテーマにしたイベントに足を運ぶと、一人の女性ライターと出会うことになりました。
 リストカット(手首切り)やオーバードーズ(処方薬の処方量以上の摂取)など自分を傷つける悪習慣があった彼女に、僕は声をかけました。

「僕は死にたい、と思うことはないのですが、自分がいなければいい、と思うことはあります。
死んでもいいと思えるなら、楽かもしれませんね」

 家に着くと、家族はすっかり寝静まっていました。
 僕は自分の部屋に入り、しばらくの間じっと椅子に座っていましたが、やがて机の引き出しの中からカッターを取り出し、少し考えてから、あまり痛くなさそうな、肉のたくさんついている自分の太ももを軽く切りつけました。
 不思議と、あまり痛くはありませんでした。
 なぜだか、スッキリした気になりました。
 まるで誰かに仕返しをしてやれたような、晴れやかな気持ちでした。
 何度も何度も、次第に深く、まるで何かを憎むかのように、切りつけていきました。

 僕は何かムシャクシャしたことや「どうしようもないな」と思うことがあったりすると、腕や脚を切りつけるようになりました。
 たいていは、イベントの女性と同じように、「自分を許せない」友達が自分を責め苦しんでいることを知った時。
 また、自分の中でどうしようもなく不安が高まった時もそうしていました。

 母親は、僕が高校の時から精神科に通っていることを知っていたのですが、結局は大学に行くのだろうと思っていました。
 僕はずっと、母親に自分が自傷していることを、知られたいような、知られたくないような気持ちでした。

 一度、リストカットの途中で寝てしまい、血が止まらず1リットルほどの大量出血をしたことがありますが、母親はその場では騒ぎましたが、次の日になるとまるで何事もなかったかのように、普段どおりに振舞っていました。
 父親はずっと海外にいて、多分このことは知らなかったと思います。

 僕は、次第に自分と同じように、生き苦しく、それすらも自分のせいにしてしまう同世代や少し上の友人達と、イベントに行ったり、一緒に遊ぶようになっていました。
 仲間の間では自分がダメなことをさらしても、誰も責めませんでした。
 それが居心地よかったのかもしれません。

 病院で出される向精神薬は、どんどん強いものになっていきました。
 僕は、医者は「薬を出すだけの人」と認識して、もっと強く、より「現実を忘れられるような強くラリれる」薬を出してもらえるように症状をいつわり始めました。
自殺イベントの彼女と同じように、出かける時、人と会う時には、必ず薬を服用していました。

 毎日、脚や腕だけではなく胴をも切りつけたり、強く効く薬を服用しながら遊ぶ日が続きました。
 それでも、一人になると、得体の知れない不安は以前より強くなるばかりでした。

 そんなある夜、携帯に一件の着信がありました。
 その夜は人と話すのも怖くて、薬でぶっ飛びながら自傷行為をしていたので、電話には、出ずにそのまま眠りました。

 次の日の夕刻、あの自殺イベントの女性が亡くなったということを知りました。
 葬式は終わった後でした。
 死因は、風呂場での溺死。
 おそらく薬を大量服用したせいで昏睡状態で入浴し、頭まで湯に浸かってしまったのでしょう。

 一年が過ぎ、20歳になった僕は、親に頼んで一人暮らしをさせてもらいました。
 家にいると家族にも迷惑をかける気がして、いたたまれなかったからでした。

 実際、家族はいつまでたっても勉強や将来のことにやる気を見せない僕にイラ立ち、ピリピリしていました。
 家を出た直後は、アルバイトをして自活して行くつもりでしたが、すぐに引きこもりに変わりました。
 毎月、親が仕送りを送ってくれていたからです。

 2001年、21歳になりました。
 「いつまで続くんだ、こんな毎日…」
 いつものように十二時間近くの薄く長い眠りから覚めると、かったるそうに布団から起き上がりました。
 カーテンの外は、これもいつもと同じように、夕刻過ぎでした。
「腹減った…」
 そう思っても冷蔵庫の中にはもう何も入っていませんでした。
 戸棚の奥に残っていた白砂糖も、昨夜食べ尽くしてしまったばかりでした。
 「買いに行くしかないか…。」
 外に出ると、またあの声と向き合わなくてはいけません。
 「いつまでこんな暮らしを続けているんだ?」

 深夜、人通りのなくなった頃、何日も着替えていない服にコートを羽織って、帽子を被り、外へ出ました。
 コンビニのATMで金を下ろす時は、苦痛の瞬間でした。
 「あんなに嫌な親から、どうして金をもらってまで生きているんだろう…。」
 それでも下ろし、100円ショップで食料を調達した帰り、ブックオフで古本を漁ります。
少なくとも、買った本を読み尽くすまでは、現実に向かい合わないでいられる…。
 部屋の中は、古本や古マンガだらけでした。

 そんなある日、たまたま外に出かけている時、仲間から連絡が入りました。
 「○○さんが亡くなったよ」
 友達が死んだと聞かされるのは、これで三人目でした。

 亡くなった彼女は、生きようとしていろんな試みをやっていました。
 自傷行為の自助グループを立ち上げたり、自分の書いた詩を出版しようともしていました。

 手首を切ったり薬の多量服用はしていましたが、生きるために何が必要か、模索していました。
 死因は、心停止でした。
 自傷行為や薬の過剰服用を繰り返すと、心肺機能が低下し、少量の薬でも心臓に大きな負担がかかって停止してしまうことがあります。
 彼女はその危険性を知っていたのに、過剰服用をやめることが出来なかったのです。

 通夜と葬式に出ました。
 「ココロ系」の仲間は集まっていたのですが、彼女の地元の友達は一人として来ていませんでした。
 納骨の後、彼女の家族の無理をしたような笑顔に耐えられなくて、先に一人で帰りました。
 「何かしたい!」と思いました。
 でも、それからも、しばらくは引きこもりを続けました。

 2002年、22歳。
 その年の夏、友達から「自傷行為や自分を責めることをやめられないなら、空手などフルコンタクトの格闘技をやればいい」と言われました。

 自分にはとても勇気が出せませんでした。
 空手道場なんかに行ったら、強いやつらがたくさんいて、あっという間にやっつけられてしまうような気がして。
 近くの道場などを調べても、最初の一歩はなかなか踏み出せず、「どうしようどうしよう」「いつかはやらなくちゃ…」と思うばかり…。

 そんなある日、自分と同じようにひきこもっていた友達が、自叙伝を出版しました。
 タイトルは「「人を好きになってはいけない」と言われて」というもの。

 内容は、小学校を卒業してからひきこもりになっていた彼が、ひきこもり中にPC操作を覚え、ゲームを作りたいという夢を持ち、家出して上京、さまざまな出会いに救われながら自分の金で大学進学を目指すまで、というものでした。

 その自叙伝を売ることで、彼は大学進学の費用を稼ごうとしていました。
 僕は、そんな彼を応援したいと思い、出版記念イベントを運営することにしました。

 自分らしく生きることに賛成している著名人を集めてのトークライブ。
 ひきこもりだった僕はこのブッキングにとても手間どり、司会をやっても言葉が出てこず、惨々たる始末…。

 友達を応援したいと思っても、ろくに応援することが出来ない。
 「なんてヘタレなんだ!」と思い、空手道場に入門することにしました。

 フルコンタクト(直接体に打撃を当てるスタイル)で殴り合う空手をやれば、少しは人を怖がらずに、コミュニケーションがうまくなるだろうかと思って。

 最初は基本クラスの稽古を見学させてもらい、その後お目当てのスパーリング(組手)のクラスも見学させてもらいました。
 初めて見るスパーリングは、迫力がありました。

 痛めつけあっているはずなのに、なぜか気持ちよさそう。
 稽古慣れしている道場生は、女子の選手とスパーリングする際、無抵抗になり、女子の攻撃を受けるだけになります。
 それは、「痛そう」と思うより、「ああ、理にかなっている」と思えました。
 そして、なぜか「耐えてみたい」とも思ったのです。

 見学が終わると、師範が言いました。
 「スパーリングに慣れていない人は、加減がわからなくて相手にケガをさせてしまうことがあるのです。だから女子を傷つけすぎないように、慣れていない人はああやっているのです」
 それを聞いて、「ああ、ここにしよう」と思えたのです。

 2003年、秋。23歳。
 初めての試合は新人戦で、準優勝でした。
 試合に出ない仲間や先輩、友達が応援しに来てくれました。

 試合でいっぱいいっぱいになっていて、正直、声援は聞こえなかったのですが、試合の前に「頑張れよ、絶対勝てる」などと声をかけてくれたり、固くなっているだろうと肩をほぐしてくれた温もりは、今でも思い出せます。

 それから、一か月に一度のペースで試合をこなしていきました。
 優勝も何回かしたし、一回戦負けも何度かありました。
 自分を責める時間を作りたくなかったのです。
 サボって後悔するほうが一番怖かった。
 稽古に行った後は、何も考えずに静かに眠れました。
 だから、稽古を欠かさなかったのです。
 日曜日は休みにしていましたが、休みの日が一番怖かったのです。

 そうしているうちに、次第に金銭感覚も変わってきました。
 稽古の月謝やサポーター代、試合代くらいは自分で稼ごうと、日雇いのアルバイトを始めたのです。
 親の金で空手に関わるものに使うと、空手ライフが穢れるような気がしました。
 強くなれないのではないか、と。

 そのうち、子どもに空手を指導してほしいという話が来ました。
 埼玉で幼稚園や少年部を教えている女子プロレスラーの方がいて、その方があまりに指導に通うのが遠いので、誰かに引き継ぎたい、というのでした。

 空手に関わってお金がもらえる。
 それが魅力的で、その話を受けました。
 週一回のクラスですが、みんな少しづつ進歩してきて、僕は子供たちから「元気」と「人を信じること」を学ばせていただきました。
 組手でぶつかりあうことで、相手を信じること。
 自分が相手から信じられる存在であること。

 「教える存在」になるのだから、親から離れて自活しなければ。
 僕はそう思い、ひきこもっていたワンルームを引き払い、保証人、敷金や礼金が不要のゲストハウスに移り住みました。
 子ども向けの指導だけでは食えませんが、アルバイトも転々としながらなんとかやっていけるようになりました。

 2006年、26歳。
 アルバイト生活を続けてきましたが、好きでもない仕事を無理矢理やっていたら、ほとほと疲れてきました。
 空手を続けたい。
 だけど、このままでは仕事の都合やストレスに追われて満足に練習できなくなる…。
 
 自分には空手しかない。
 空手をやることで生き残ってきた。
 空手に出会わなかったら、今ごろ多くの友人と同じように心停止で死んでいたかもしれない。
 あいつらがまだ生きていたなら、空手によって引き上げてやりたい。
 一緒に練習し、励ましあって強くなって大会に出て、勝ち残れれば素敵だろうな…
 昔のバカでヘタレな自分と同じようなやつと、一緒に頑張れないだろうか?
 僕は、昔の自分や、死んでいった友達たちと、もう一度友達になりたい。

 先生や先輩、仲間の声が聞こえる。
 「遠藤! 手数を出せ! 前に出ろ! 相手を外に出せ!!」
 試合場で、コートの中で、「殺してやる」くらいの気持ちで傷つけあった相手。
 でも、試合が終われば、ヘトヘトでも笑顔で握手し、健闘を称え合った。
 あんなふうな付き合いが、空手を通じて出来ないものだろうか…

 2007年、27歳。
 前年末に黒帯を取得していた僕は、「レンタル空手家」と称し、ひきこもっている当事者から依頼されれば、自宅や公園などにこっちから足を運んで、一緒に空手の稽古をする試みを始めました。

 自分の気持ちを相手に叩きつけ、相手の気持ちを受け止める。
 自分を防御をしないと傷つきすぎてしまうし、自分より弱い相手には手加減しないと傷つけすぎてしまう。
 それを体で学ぶ試みが、「格闘技」でした。

 だから、かつての自分のようなひきこもりの若者が格闘技の道場やジムに通い始めるきっかけとして、こちらから出向いていく出張個人指導を始めたのです。

 空手を始めると、頭ではなく「体を動かす気持ちよさ」で自分と他人に向かい合えます。
 その手応えを、一人でも多くのひきこもりの方に実感してほしいと思っています。


●講演企画☆『当事者と一緒』
(※遠藤くんを講演に呼びたい方、遠藤くんについてもっと知りたい方は、上記に飛んでみてください)


島根県の片隅から世界に発信する共生

 僕が講師を務める東大の自主ゼミにゲスト講師として来ていただいた山根多恵さんが、「田舎起業セミナー」を都内で近く開く。

 彼女の活躍は下記を読んでいただくとして、関東在住でソーシャルベンチャーに興味のある人は全員、足を運んだほうがいい。
 基本的に島根県の奥地にお住まいの山根さんの貴重なお話が聞けるチャンスはなかなかない。

 予約制なので、問い合わせを急ごう!

(僕も行きたいのだが、先約があって行けない。行ける人には、ぜひお話の内容をブログでレポートしていただきたい。そうすれば、ネット上で共有できるので、この僕のブログからリンクを張れる)



■ WWB/ジャパン主催・田舎起業セミナー
 旅館「吉田屋」女将・山根多恵

【24歳で後継者難の旅館の女将になる】

東京から電車で行くと日本一遠い島根県温泉津(ゆのつ)町。
1300年の歴史を持つ温泉地も観光客が減り、高齢化で20代
の若者が歩けば珍しがられるほど、衰退が進んでいます。
ひょんなことから、島根にやってきた山根多恵さんは、
後継者がおらず廃業の危機にあった旅館「吉田屋」を知り、
縁もゆかりもないにも関わらずわずか24歳で女将になるこ
とを決意しました。

「旅館の経験もないのにできるのか」と周囲からの声や
朝から晩まで続く慣れない仕事。それでも知らないから
こそできる新しい発想でできることをやる。そんなひたむ
きな姿が次々メディアに取り上げられ、スタートして3ヶ月
で前年の売上2倍以上を達成しました。

「他と同じことをやっても生き残れない、お金を稼ぐより
新しい旅館を目指そう」と営業を週末3日のみ、平日は
竹やぶの手入れとその活用を考えたり、高齢者と体操を
する中から握力の弱い人でも持ちやすい湯飲みを考える
など、地域の困ったを解決する事業を展開しています。

・厳しい状況でも、なぜ女将になることを選んだのか?
・古いしきたりや地域との摩擦をどう乗り越えたのか?
・次々と新しい事業をはじめる原動力は?

体験談を聞き、率直な質問をぶつけてください。そのやり
とりから田舎で起業する、新しいチャレンジに必要な
「決めたことをやりぬく強い信念」を直接感じませんか?
自分が本当にしたいことを見つめなおし、一歩を踏み出し
ましょう。

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◆◇◆ 1.開催概要 ◆◇◆

■日時:2007年12月18日(火)19:00〜21:30(予定)
■対象:将来、U・Iターンや起業を考えている方
やりがいのあることにチャレンジしたい方
まちづくり・地域おこしに興味のある方
※年齢・性別・職業・業種は問いません。
■会場:アサンテサーナカフェ(JR恵比寿駅徒歩10分)
http://www.p-alt.co.jp/asante/archives/map.html
■参加費:4,500円(資料・食事付) *今回限り特別価格
■定員:30名(先着順)
■申込方法:ホームページの申込フォームからお申込ください。
http://www.p-alt.co.jp/wwb/ent/index.html
受講料をお振込いただいて、完了となります。
■主催・問合せ:WWB/ジャパン 担当:小沢・網倉
TEL:03-3711-8514、FAX:03-3711-8550
wwbj@cyber.gr.jp
*詳細:
http://www.p-alt.co.jp/wwb/sch_village07.html

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◆◇◆ 2.山根多恵プロフィール ◆◇◆

山口県下松市出身。山口大学在学中、カナダ留学から帰国後、
市民バンク代表・片岡勝の授業をきっかけに、大阪で起業支
援活動の責任者となる。身につけたリーダーシップ力や推進
力を困っている地域のために使おうと島根県へ。後継者不在
で廃業の危機にあった旅館「吉田屋」
http://www.lets.gr.jp/yoshidaya/
を知り「旅館を継ぐモデルになろう」と2005年12月に24歳で女将となる。

旅館は週末3日のみ、平日は担い手がいないと請け負った畑で農業をするなど「田舎の困った」を解決する事業を若者とともに次々立ち上げ、中国地方を奔走。
 著名人が顔をそろえる「内閣官房構造改革特別区推進本部評価・調査委員」にも選ばれ、政策作りにも参加している。

<取り上げられたメディア(一部)>
NHK『一期一会』・『ビジネス未来人』、テレビ朝日系
『いきいき!夢キラリ』、NHKラジオ第1放送『今日も
元気にわくわくラジオ』、日本経済新聞、読売新聞など

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◆◇◆ 3.WWB/ジャパンとは? ◆◇◆

1990年から女性の起業を応援。現在では男女問わず、
困ったことを解決したい・夢を叶えたいと起業を目指す
方を応援しています。主な活動は全国各地での起業スク
ール・講演会です。スクール卒業生は6,000人を超え、
約1,000人が起業家として活躍中。そのほか「起業応援
イベント」や開業したばかりの女性起業家の悩みを解決
する「メンター紹介サービス事業」、東京・恵比寿にて
「アサンテサーナカフェ」の運営を行い、さまざまな形
で起業を応援しています。
どうぞお気軽にご参加・お問い合わせください。

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主催・発行元:WWB/ジャパン(担当:小沢・網倉)
〒153-0062目黒区三田1-12-22-1F
TEL:03-3711-8514、FAX:03-3711-8550
HP:http://www.p-alt.co.jp/wwb/
E-mail:wwbj@cyber.gr.jp
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下流化は、熱く静かな希望の始まり

 今週の東大での自主ゼミは、かなりの収穫があった。
 それは、アポなしで片岡勝さんが来てくれたおかげだ。

 片岡勝さんについては、『人生のレールを乗り換えてみる』などの著者で知られる、日本のソーシャルベンチャーの草分け的な存在で、既に伝説の人だ。

 氏の語り口を聞きながら、僕はあることに気付いた。
 それは、「こんなに先見の明のある人ですら下流資産層の現実を肌身で知らない」ってことだった。

 誤解なきよう、先に言っておくが、僕は片岡さんの業績は歴史に残る偉業だと思っているし、尊敬もしている。
 しかし、残念ながら、団塊の世代の「負の遺物」を背負い過ぎている。

 もっとも、どんな人も自分の生きた世代からの影響を避けられないので、そこを責めるのはアンフェアだろう。
 むしろ、今日という時代を氏より広く深く見通せる体力と若さが僕にはあるので、「負の遺産」を背負いこまずに前向きな教訓として学んだことをここに記録しておこう。

 中流資産層は、下流層の現実に対しては残酷なまでに関心が薄い。
 それゆえに、自分より年収の少ない人たちの境遇を思いやることがない。

 このままだと、下流層の底辺で自殺か犯罪に走る人が増え、それを食い止める福祉や治安維持の社会的コスト(税金)がさらに下流層の財布から金を奪っていくことになる。
(もちろん、中流以上の資産層へのテロとしての盗難や殺傷事件も増えて、貧しい下流層の行きつく先は監獄ってことになってしまう)

 つまり、ソーシャルベンチャー(社会起業家)による支援(問題解決)を最も切実に必要だと感じているのは下流資産層(そしてやがてさらに下流化する中流層)であり、同時に雇用からあぶれる可能性の高さから最も切実にソーシャルベンチャーの担い手になりたいと望んでいるのも、下流資産層なのだ。

 ところが、高卒以下の学歴しか持ってない者や、大学進学を見込めない低学力の高校生には、これまでビジネスによって経済的自立することが真剣に勧められてこなかった。

 しかも、これまで大学のようにマニュアル化&知識アーカイブ化された教室では、大学そのものが頭でっかちの集団であり、理系以外は実践を伴わないコストパフォーマンスの悪い「知」の現場であることから、学生の多くがソーシャルベンチャーの担い手になるような仕組みも無ければ、大学側が文系分野にも産学連携を強化して企業からの支援を取り付けることにも消極的だった。

  要するに、大学に入ること自体を「学力」と呼び、偏差値の高い大学に入ることで就職が有利という点だけを見て「学歴社会」と呼んできたマスメディアの罪は重く、同時に学歴とは関係ない学力の必要性を打ち出せなかった文科省の官僚自身も、大学の価値を検証せずに、高卒以下の人たちが劣等感を抱いてしまうことに無関心だったのだ。

 しかし、だからこそ、高卒以下の人間にはチャンスが出てきた。

 中流層がますます下流化し、やがて「俺たちはせめて生きていくのに困らない持続可能な働き方がほしい!」と望む人間が少しずつ増えてこの国の過半数を構成した時、資産層はくっきりとピラミッド型に構成され、「中&中より下」が多数派になれば、「空気」によって多数派が動くこの国では、バタバタと「雇われて『働かされる』より、自分で自分の飯くらい自由に稼げるようにしたいし、その方法をみんなと分かち合ってみんなで幸せになるのがまっとうな生き方だ」という美意識が一気に広まるだろう。

 それは、端的に多くの労働者がソーシャルベンチャーの担い手に流れる日が加速度的に早く近づいていることを意味している。

 日経ビジネスでは「敵か味方かNPO」という特集を組んだが、できる人材がどんどんソーシャルベンチャーに流れていくのは時代の流れだ。

 そして、日本でも世界でも、20−30代の若手のソーシャルベンチャーが都会・田舎どちらにも増えている。

 それは、中流〜上流の資産層が「ノブレス・オブリッジ」を果たしていれば、ありえなかった社会変革の炎が、いま、ガソリンのように揮発性のある下流層の人間たちの間にぽたりぽたりと落ちていることを意味する。

 高卒以下の人間は、5流大学なんかに入らなくていい。
 入れば、バカにされる日が延長されるだけだ。

 それより、経済産業省がテコ入れしてるキャリア教育によって目覚め、価値がデフレした大学よりも起業、それもソーシャルベンチャーの担い手になることで自立し、「低賃金で働かされる」ワーキングプア状況から脱するのが、自分と社会を両立的に良くしていける道だろう。

 ソーシャルベンチャーを興せば興すほど、働きながら社会を変えられる。
 それは、自分の将来を考えるのを先延ばしたいがために高偏差値の大学に行ってしまうような頭でっかちさんには、絶対に見えてこない市場だ。

 そして、あらかじめ大学に憧れることもなく、中学時代から自分の社会的価値と能力を切実に考えているような「体でっかち」は、その点でポテンシャルが大きい。

 僕は10代から稼ぐ力を見つけられるオンラインゲームを作るために、ブレーンを増やしていく勉強会を始めたが、高卒以下の学歴や、時間ばかりとられる正社員の働き方を拒否してフリーターやニートをしているような連中を集めて、ソーシャルベンチャーに育てるプロジェクトを手掛けてみたくなった。

 高度資本主義社会とは、多様な価値を認めて市場を平和裏に共有したいと望まれる社会だ。
 ならば、既得権益のような大学に匹敵する、もう一方の「知」の価値を、そういう教育の中から提示してみたい。

 「体でっかち」が、「頭でっかち」にゴミ雑巾のように使われて捨てられる社会ではなく、「頭でっかち」を可愛そうに思えるくらいに「体でっかち」の自己評価を高めし、「頭でっかち」と「体でっかち」が仲良くなって一緒に「心でっかち」な世の中を作れたらいい。

 そのためには、ソーシャルベンチャーという働き方をわかりやすく、みんなが応用できるあり方としてマスメディアなどで伝えていく一方、教育の現場に新しい形を作りたい。

 既に、既得権益の代表のような東大にあって、珍しくオープンな性格と評判の小宮山総長には、ソーシャルベンチャーを教えるゼミの運営コストをゼミ生自身の興す事業によって賄う新しいゼミのモデルをメールで打診した。

 あとは、小宮山総長がどれほど先見の明を持っているのかを、このブログを見ている世界中のネット市民たちと待つことにしよう。

 もっとも、小宮山総長ならびに理事会が、まったく新しい先進的なゼミ内容(と運営モデル)について理解できないようであれば、東大自主ゼミは今期で終了、来期以後、いつになるかわからないが、都内のべつの場所で、未成年のみを集めた少数精鋭のゼミを開催したいと思う。

 たぶん、そのゼミの参加には運動能力やコミュニケーションスキル、条件反射能力や企画力、自己有能感などを総合的に評価する「入学テスト」を実施し、20名以内の合格者を出し、全員をゲストハウスに住まわせて生活コストを落とさせ、仲間意識・上下関係などを学ばせ、お互いに相手のビジネスと提携し合ってアウトソーシングするような事業体グループを結成させようかと考えている。

 自分ができないことも、友達はできる。
 それなら、劣等感を抱く前に、相手ができなくて自分にはできることを提供し、助け合えばいい。
 みんな違って、みんないい。
 お互いの違いを共有の武器にし合えることの喜びから、励まし合える関係を作り、同業他社であっても競争相手ではなく、新たなビジネスモデルを作り続けていくために必要なパートナーであるという絆を大事にしたい。

 頭でっかちの中流は上流をめざすが、彼らが手にするのは退屈だけだ。
 彼らの幸せ観に惑わされず、自分自身の幸せを願えばこそ、相手、ひいては社会全体の幸せを願えることを、経済的自立の方法を学び合う中で、実感してほしいと思う。

 それは、中流にしがみついている資産層には、逆立ちしたってできないことだ。
 その点で、低学歴の下流資産層には、希望があるのだ。

 「ニートやフリーターはかわいそう」などと感じて、「反貧困」デモに誘うような連中にだまされるな。
 彼らは、中流資産層に毒されているだけなのだ。
 「反貧困」運動が経済的に自立する学びから貧しい当事者たちの目をそらさせてしまっている罪に、早く気がついてほしい。
 そこには希望はない。

 下流資産層にとっての希望は、経済的自立、つまり、ソーシャルベンチャーになる方向にしかないのだから。

 既に、大学に進学しても、そのキャリアをまったく活かさない現場に飛び込み、そうした現場からソーシャルベンチャーを興したという人さえ現れ始めている。

 頭でっかちが「体でっかち」に目覚めると、大卒より高卒のほうがいいと気づくのだ。

 高卒で社会に出る人の中には「今頃、気付いたの?」と思う人も少なくないが、大学院を出ても社会に出ていない自分を直視したくなくてどんどん貧乏になっているという「高学歴ニート」が増えているところを見ると、本当に大学の価値は高偏差値の大学になればなるほどデフレしているといえるのかもしれない。

 しかも、問題なのは、大卒でサラリーマンになってから問題の大きさに気づく頃には、高卒の人のキャリア経験を評価できるものさしや、低学歴ゆえの低所得を強いられている人々への関心も奪われ、自分の発想が大卒の中ではちょっとマシではあっても、高卒・中卒の人たちにとっては、まだまだ狭い世界での小さな気づきにすぎないことを恥じ入ることができなくなってしまう。

 低学歴の人ほど、世間の広さを知っている。
 なぜなら、社会に出てから覚えることが大卒の人より多いのだから。

 だからこそ、彼らこそが社会の仕組みを変えるポテンシャル(潜在的な有能人材)だといえるし、彼らに実践でソーシャルベンチャーを教えれば、経済的に自立する者が増え、それらの成功者は同じ境遇の人にも勇気を与えるだろうから、続々と後輩たちが続くはずだ。

 そうなれば、社会の仕組みは底辺からガラリと変わり、価値の変換が生まれる。

 その頃には、大卒者は高卒者に対してすまなそうに挨拶するかもしれない(そもそも納税期間が少ないのだから当然なのだ)。

 そして、みなしごハウスや、児童相談所の一時保護など、親から見捨てられた者たちにも、職業選択の自由が与えられる。

 なぜなら、学費を払える親がいないために高校や大学に行きたくても行けない人ほど経済的自立への意欲は高く、そんじょそこらの大学生よりも向学心があるのだから、そういう10代と一緒になってまったく新しい未来を作る仕事は、きっと教育者にとってもワクワクできるだろう。

 社会の底辺にこそ、燃えさかるマグマが眠っているのだ。
 若者よ、ソーシャルベンチャーを学べ。
 遅すぎることはない。
 絶望なんかしてるヒマなんか、もうないのだから。
 

テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

厨房につける薬はない 〜雇用に甘える人たち

 赤木智弘の「論座」の原稿が、ごく一部で話題になってはいる。

 ネットでも読めるので、あまりにもヒマを持て余しているようなら、アクビを押さえながら読んでみても罪ではないだろう。

 正直、30歳を過ぎた大人の意見とは、まったく思えない。

 「論座」が例の原稿を掲載したのは、若い読者を獲得したかったからだろう。
 あるいは、「若者思い」の議論好きのおじさんたちにいまどきの若者の嘆きぶりでも読ませたかったのかもしれないが、僕には「こーゆー頭でっかちな奴をのさばらせているから出版不況が続くんだよなぁ。ふわぁーあ」とアクビ混じりの感想を持つのがせめてものリアクションだった。

 確かに、現在30歳前後の就職氷河期世代は、雇用の点で割を食った恨みがあるだろう。
 しかし、社会情勢というものは、運命ではない。

 国にも自治体にも企業にも金が無くなれば、固定費かつ昇給を約束するような正規雇用の枠組みを縮小するのは、自分が社長の立場に立って想像すれば、厨房でもわかることだし、時代状況をふまえずに社会に出た個人まで、世間は守ってやる余裕などないのだ。

 もっとも、世間は守ってはくれないが、友人どうしのつながりを大事にしてきた人間は、その友人の輪の中で気付かされる。

「おまえ、理屈っぽいよ。世の中には、自営業者もいっぱいいるんだぜ。雇用にしがみついてたりしたら、自分の好きな仕事なんかにゃ、ありつけないじゃん。こだわり過ぎると、結局は近視眼的な人生しか歩めなくなるから気をつけろよ」

 その程度のアドバイスを親身になって彼にくれてやった友人はいなかったんだろうか?

 雇用がダメなら自営があるし、自営ならば自分らしく働けばいいだけだ。
 自分の持っているわずかな能力をなんとか仕事現場で鍛えていって、経験が蓄積していけば、それなりに食えるようになる。

 第一、「論座」に書いて、今後も原稿執筆の仕事が欲しいとなれば、それは「評論家」やものかきといった自営業者を志向してるってことじゃないか。

 それを「フリーターでござい」と名乗るのでは、「結局おまえってものかきで食っていくんだっていう覚悟ができてないだけじゃん。甘ったれるなよ」という批判を受けても仕方ないだろう。

 資本主義社会ってもんは、そもそも自己責任社会だから、自分自身の職業能力を自分で磨くのが前提だし、能力が足りなかったら経験を積むか、それ相応の学びが得られる学校に通うか、できる先輩を自分で見つけて仕事を覚えさせてもらうか、いくらでもスキルアップのチャンスがあるはずなのだ。

 それをいまだに「フリーター」を名乗り、「弱者」を気取るとしたら、その構えは、自分で自分を一般的で抽象的な存在に貶めてしまっているのだ。

 自分が何者になりたいのか、どんな技術で人様から金をいただくのか、中卒の大工でも知っていることが、赤木くんにはピンと来ていないらしい。

 『下流社会』の著者・三浦展さんなどは「大学教授なんて大学に残るしかできなかった人々」と喝破したが、赤木くんも残念ながら、雇用制度の内側でしか自己規定ができず、自営業者として生きていくという覚悟も勇気も根付いていないようなのだから、こういう厨房につける薬はないのかもしれないねぇ。

 2015年には、労働者全体のうち、2人に1人しか正社員になれない時代が来るという未来予測がある。
 アメリカでもそうだし、日本でもそうだが、実際年々、正規雇用の割合は減っている。

 そうした状況下で、まだ「スキルのない俺を雇って。しかも、女を養って子育てできる給与で」などと主張し続けるとしたら、その甘えぶりこそがキモイ。

 だいたい、「金のない男はモテない」などという傾向分析が個別の結婚にどの程度影響を与えるかは、未知数だ。

 月収10万で結婚したいなら、経済力ではない魅力を身につけるべきだろう。
 そもそも、ビジネスをやらせれば、女性のほうが向いていると思うし、今後は当たり前のように同年齢の年収や貯金額でいえば、女性の方が上回る時代が来る。

 そもそも金で支配できるという考え方があさましいのだ。
 金に換えられない魅力を持っていれば、女性のほうからいくらでも連絡してくるし、そういうスキルを身につけるのも経験だ。

 しかし、おそらく自営にせよ、女性との関係にせよ、新たな経験を積もうという自助努力は、彼のような「自称フリーター」たちには、高いハードルに映っているのだろう。

 自助努力を払わない「自称弱者」に対して、ソーシャルベンチャーも支援する気は起らないだろうし、結局彼らは無知と未経験のまま、自分に賛同してくれる人たちの輪の中で心中のように自己評価の低さを温存しながら死んでいくのかもしれない。

 雨宮処凛さんも既に自営業者なのだから、赤木くんには「どんどん書いて。いっぱい本を出せるようがんばって!」と応援するのが筋だろう。

 あるいは、それこそ会社でも作って、自助努力をしない連中まで雇用してあげればいいじゃないか(笑)。

 たぶん、自分が社長になれば、きっとせっかく雇ってあげた赤木くんにムカムカしてくるだろうが、そこで現実ってものを知るのだろうと思う。

 戦争なんぞ引き合いに出さなくても、自営もしくは起業すれば、流動性なんていくらでもありうることがわかるだろう。

 アジアの貧しい国の子どもたちを支援しながら、まっとうに食っているNPOだってあるし、やりがいを覚えて労働の本当の意味を知るチャンスが、そういうソーシャルベンチャーには豊富にあることも気づくのかもしれない。

 しかし、「反貧困」キャンペーンの人たちの目をソーシャルベンチャーに向けさせるのは、きっと至難の業だ。

 なぜって?
 だって彼らは自分の問題を制度の問題にすり替えたいだけなんだもん。
 そう言い続けていられるだけの妙な余裕が、彼らにはあるから。
(実家住まいだったり、仕送りをもらってたりね)

 自営業者もソーシャルベンチャーも再生を急がれる地域も、国家や自治体からの援助や政策を待ってる余裕なんかないんだよ。
 だから、自律的で具体的なアクションに出ているんだ。

 自前でビジネスモデルを作り、自分らしく社会に役立つことで働き甲斐と問題解決法を創出し、「もっとマシな世の中にしよう」と日々動いているんだよ。

 東京ローカルのメディアでは「ワーキングプア」が話題だけど、日本のほとんどを占める地方では、むしろ「地域再生」の具体的なアクションが始まっているし、中央官僚たちだってそうした地方活性化に取り組むソーシャルベンチャーをわざわざ田舎に足を運んで取材しては全国の問題解決に援用できるモデルを作ろうとしてるんだ。

 もう、デモや集会、シュプレヒコールの時代じゃない。
 ましてや、「戦争」なんて言葉を持ち出すような悠長な時代でもない。

 「仲間」うちで国や時代状況に対して文句を言い合って若い時間を浪費するよりも、自分にとって本当に必要なのは何なのかを自問するといいだろう。

 仕事が無ければ、作ればいいだけなんだし、そのためにも僕は東大の自主ゼミで毎週、ソーシャルベンチャーの若い担い手をゲスト講師に招いているのだから、受講しに来たらいいんだ。

 自分より若い20代半ばの若者たちが、世の中を楽しく面白く渡り歩いてビジネスモデルを構築し、元気に働いている姿に触れるといい。

 赤木くん、そして赤木くんのシンパの諸君!
 だまされたと思って、一度、僕のゼミにおいでよ。
 下記リンクのmixiコミュに、今月10日(月)のゼミを告知しておいたからさ。
(※しかも、ソーシャルベンチャーの担い手2名が来てくれるよ。無料だし、誰でも参加できる)

http://mixi.jp/view_event.pl?id=25752862&comment_count=0&comm_id=2040296

僕自身が個人でできるソーシャルビジネス

 このブログの横にあるリンク「レンタル空手家」の遠藤一くんが、mixiコミュ「ひっきー、ニートのための働き方」を新設した。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=2844533

 ソーシャルベンチャーのスタッフになるだけでも、従来の会社にはない働き方があるので、働くことが楽しくなるチャンスかもしれない。

 「仕事がすげぇ楽しい!」という経験を知らないまま、「働くのが嫌だ」「動くのは面倒だ」というのは、完全にマスコミや既存の企業に洗脳されているんだろう。

 しかし、だまされてはいけない。

 世の中は広く、自分の知らない楽しい世界がまだまだいっぱいある。
 上記のコミュには、それに気づけるようなコミュに育ってほしいと思う。

 …という具合に3人称で語り終わっても、当事者である「ひっきー、ニート」は、何ら心を動かさないだろう。

 だから、書いておきたいことがある。
 それは、僕自身が個人でできそうなソーシャル・ビジネスのアイデアだ。

 僕は全国各地の講演に呼ばれて1本20〜30万円(45〜90分)のギャラをもらっている。

 しかし、僕が取材した誰かについての話をするよりも、取材した相手その人を同行して、2人で10万ずつもらえるような「当事者トークイベント」を仕掛けてもいいと常々思っている。

 僕が長らく取材してきたのは、まさにひきこもりタイプであり、自殺を繰り返してしまうような若者たちだった。
 中には亡くなった友人もいる。

 しかし、本当につらい日常をなんとか乗り越えて元気になれた人が社会復帰するチャンスとして、一緒に講演に回って、当事者にギャラを配当することも今なら可能だ。

 「ひっきー、ニート」と一口にいってもいろいろだろうが、少なくとも僕が常々説いているように、ココロ系(薬物療法)からカラダ系(運動療法)へ取り組み、生き直せるようになったという人材は、まさに講演を一緒にするのにふさわしい。

 そういう姿(実例)を見せれば、「あ、そうか! ちゃんと体を鍛えていけば、ダルダルな生活や低収入生活から抜けられるんだ」ということを多くの人が学ぶチャンスになる。

 しかも、講演ギャラは、いざ生活保護の暮らしから立ち直ったり、親からの自立をしたい時の資本になるし、「ひっきー、ニート」時代の苦しみを惜しげもなく話してくれれば、その話に勇気づけられて社会復帰できる人も増え、同時にそれは第2、第3の同行者候補になるはずだ。

 そうなれば、今度は最初に僕と講演に回った人間が自分と同じ属性の人間と一緒に講演に回れるかもしれないし、そのこと自体が持続可能なビジネスモデルとして定着していくかもしれない。

 当事者のほんとの気持ちを伝えるには、偉い先生やジャーナリストが講演するよりも、その当事者が語るほうが100倍も説得力が違う。

 しかし、そうと知りつつも無名の素人をメインキャストにすると客が呼べないことから、当事者だけのイベントは成立しにくいため、その問題を解決できていない講演企画者やイベンターが多い。

 だから、しばらくは僕が同伴してギャラを折半するところから始めるしかないが、やってみる価値はあるかなという気がする。

 ただし、それまでにひきこもりやニートの当事者に自助努力が求められるのは、言うまでもない。

 そのうえで、僕と何度も打ち合わせを重ね、一人では多くの聴衆の前に立てなくても、僕が横にいて一緒に普段通りしゃべるぶんにはできるという程度にまでコミュニケーション能力を引き上げていけば、単なるアイデア止まりではなくなる。

 僕と一緒なら自作のニート壮絶体験記(作文)を人前で読みあげることならできそうだっていう人なら、いくらでもいるように思う。

 そして、僕個人ができるようになるなら、僕と同程度の知名度か、それ以上の知名度で講演をしてる他の人も真似られるビジネスモデルになると思うのだ。

 だって、僕ができるなら、当事者学の上野千鶴子先生あたりもノッてくれそうな気がするし、僕以外の、僕よりもっともっと有名な人も1回くらいは当事者の同行者として参加してくれるだろうから、あとは有名人と元ココロ系の人をカップリングさせれば、僕がやらなくていい日も来るだろう。

 どんなココロ系の人にも、それぞれ「あの人なら自分の気持ちをわかってくれるかもしれない」と思える有名人が1人くらいはいるだろう。

 それは、ミュージシャンかもしれないし、作家かもしれないし、漫画家かもしれないけど、どんなマニアックな趣味の人でも、僕よりは有名な人を心の支えにしているだろうから、僕程度の知名度でビジネスが成り立てば、もっと有名な人も安心してこのビジネスに乗ってくれるかもしれないのだ。

 そういう憧れの人、尊敬する同時代の人と一緒に同じステージに立つだけでも、当事者にとっては次の人生への力強い勇気を与える気がする。

 それは、ただの講演ではなく、「当事者力」を前面に押し出した新しい講演のモデルを作っていけるかもしれない。

 僕はいつでも、カラダ系で生き直した人と全国で講演したい。

 そういう人のプロフィールを載せた専用サイトを作り、「当事者と一緒」講演企画として、全国のイベンター(イベント制作会社や広告代理店など)を通じて、売り込んでみたい。

 もっとも、サイト制作は公式サイトを見ればわかるとおり、決して上手くないので(笑)、てゆーか、稚拙なので(爆)、この趣旨に賛同してくれるwebデザイナーの方がいらっしゃったら、ぜひボランティアでかっちょいい専用サイトを作ってほしいと願うばかりだ。

 いでよ、生きずらい「ひっきー、ニート」の若者たちよ!
 僕と一緒に稼ごうぜ!
 さぁ、プロフィールを送っておいでよ。
(ソノ気になったら、公式サイトからメールをくださいな)

プロフィール

今一生 con isshow

Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
◎公式サイト
◎今一生の本

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