オルタナティヴでいこう! ~告知ブログ
人は時に壁にぶつかる。でも、視点を変えれば、「想定外」の解決策が見つかるのさ!

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下流化は、熱く静かな希望の始まり

 今週の東大での自主ゼミは、かなりの収穫があった。
 それは、アポなしで片岡勝さんが来てくれたおかげだ。

 片岡勝さんについては、『人生のレールを乗り換えてみる』などの著者で知られる、日本のソーシャルベンチャーの草分け的な存在で、既に伝説の人だ。

 氏の語り口を聞きながら、僕はあることに気付いた。
 それは、「こんなに先見の明のある人ですら下流資産層の現実を肌身で知らない」ってことだった。

 誤解なきよう、先に言っておくが、僕は片岡さんの業績は歴史に残る偉業だと思っているし、尊敬もしている。
 しかし、残念ながら、団塊の世代の「負の遺物」を背負い過ぎている。

 もっとも、どんな人も自分の生きた世代からの影響を避けられないので、そこを責めるのはアンフェアだろう。
 むしろ、今日という時代を氏より広く深く見通せる体力と若さが僕にはあるので、「負の遺産」を背負いこまずに前向きな教訓として学んだことをここに記録しておこう。

 中流資産層は、下流層の現実に対しては残酷なまでに関心が薄い。
 それゆえに、自分より年収の少ない人たちの境遇を思いやることがない。

 このままだと、下流層の底辺で自殺か犯罪に走る人が増え、それを食い止める福祉や治安維持の社会的コスト(税金)がさらに下流層の財布から金を奪っていくことになる。
(もちろん、中流以上の資産層へのテロとしての盗難や殺傷事件も増えて、貧しい下流層の行きつく先は監獄ってことになってしまう)

 つまり、ソーシャルベンチャー(社会起業家)による支援(問題解決)を最も切実に必要だと感じているのは下流資産層(そしてやがてさらに下流化する中流層)であり、同時に雇用からあぶれる可能性の高さから最も切実にソーシャルベンチャーの担い手になりたいと望んでいるのも、下流資産層なのだ。

 ところが、高卒以下の学歴しか持ってない者や、大学進学を見込めない低学力の高校生には、これまでビジネスによって経済的自立することが真剣に勧められてこなかった。

 しかも、これまで大学のようにマニュアル化&知識アーカイブ化された教室では、大学そのものが頭でっかちの集団であり、理系以外は実践を伴わないコストパフォーマンスの悪い「知」の現場であることから、学生の多くがソーシャルベンチャーの担い手になるような仕組みも無ければ、大学側が文系分野にも産学連携を強化して企業からの支援を取り付けることにも消極的だった。

  要するに、大学に入ること自体を「学力」と呼び、偏差値の高い大学に入ることで就職が有利という点だけを見て「学歴社会」と呼んできたマスメディアの罪は重く、同時に学歴とは関係ない学力の必要性を打ち出せなかった文科省の官僚自身も、大学の価値を検証せずに、高卒以下の人たちが劣等感を抱いてしまうことに無関心だったのだ。

 しかし、だからこそ、高卒以下の人間にはチャンスが出てきた。

 中流層がますます下流化し、やがて「俺たちはせめて生きていくのに困らない持続可能な働き方がほしい!」と望む人間が少しずつ増えてこの国の過半数を構成した時、資産層はくっきりとピラミッド型に構成され、「中&中より下」が多数派になれば、「空気」によって多数派が動くこの国では、バタバタと「雇われて『働かされる』より、自分で自分の飯くらい自由に稼げるようにしたいし、その方法をみんなと分かち合ってみんなで幸せになるのがまっとうな生き方だ」という美意識が一気に広まるだろう。

 それは、端的に多くの労働者がソーシャルベンチャーの担い手に流れる日が加速度的に早く近づいていることを意味している。

 日経ビジネスでは「敵か味方かNPO」という特集を組んだが、できる人材がどんどんソーシャルベンチャーに流れていくのは時代の流れだ。

 そして、日本でも世界でも、20-30代の若手のソーシャルベンチャーが都会・田舎どちらにも増えている。

 それは、中流~上流の資産層が「ノブレス・オブリッジ」を果たしていれば、ありえなかった社会変革の炎が、いま、ガソリンのように揮発性のある下流層の人間たちの間にぽたりぽたりと落ちていることを意味する。

 高卒以下の人間は、5流大学なんかに入らなくていい。
 入れば、バカにされる日が延長されるだけだ。

 それより、経済産業省がテコ入れしてるキャリア教育によって目覚め、価値がデフレした大学よりも起業、それもソーシャルベンチャーの担い手になることで自立し、「低賃金で働かされる」ワーキングプア状況から脱するのが、自分と社会を両立的に良くしていける道だろう。

 ソーシャルベンチャーを興せば興すほど、働きながら社会を変えられる。
 それは、自分の将来を考えるのを先延ばしたいがために高偏差値の大学に行ってしまうような頭でっかちさんには、絶対に見えてこない市場だ。

 そして、あらかじめ大学に憧れることもなく、中学時代から自分の社会的価値と能力を切実に考えているような「体でっかち」は、その点でポテンシャルが大きい。

 僕は10代から稼ぐ力を見つけられるオンラインゲームを作るために、ブレーンを増やしていく勉強会を始めたが、高卒以下の学歴や、時間ばかりとられる正社員の働き方を拒否してフリーターやニートをしているような連中を集めて、ソーシャルベンチャーに育てるプロジェクトを手掛けてみたくなった。

 高度資本主義社会とは、多様な価値を認めて市場を平和裏に共有したいと望まれる社会だ。
 ならば、既得権益のような大学に匹敵する、もう一方の「知」の価値を、そういう教育の中から提示してみたい。

 「体でっかち」が、「頭でっかち」にゴミ雑巾のように使われて捨てられる社会ではなく、「頭でっかち」を可愛そうに思えるくらいに「体でっかち」の自己評価を高めし、「頭でっかち」と「体でっかち」が仲良くなって一緒に「心でっかち」な世の中を作れたらいい。

 そのためには、ソーシャルベンチャーという働き方をわかりやすく、みんなが応用できるあり方としてマスメディアなどで伝えていく一方、教育の現場に新しい形を作りたい。

 既に、既得権益の代表のような東大にあって、珍しくオープンな性格と評判の小宮山総長には、ソーシャルベンチャーを教えるゼミの運営コストをゼミ生自身の興す事業によって賄う新しいゼミのモデルをメールで打診した。

 あとは、小宮山総長がどれほど先見の明を持っているのかを、このブログを見ている世界中のネット市民たちと待つことにしよう。

 もっとも、小宮山総長ならびに理事会が、まったく新しい先進的なゼミ内容(と運営モデル)について理解できないようであれば、東大自主ゼミは今期で終了、来期以後、いつになるかわからないが、都内のべつの場所で、未成年のみを集めた少数精鋭のゼミを開催したいと思う。

 たぶん、そのゼミの参加には運動能力やコミュニケーションスキル、条件反射能力や企画力、自己有能感などを総合的に評価する「入学テスト」を実施し、20名以内の合格者を出し、全員をゲストハウスに住まわせて生活コストを落とさせ、仲間意識・上下関係などを学ばせ、お互いに相手のビジネスと提携し合ってアウトソーシングするような事業体グループを結成させようかと考えている。

 自分ができないことも、友達はできる。
 それなら、劣等感を抱く前に、相手ができなくて自分にはできることを提供し、助け合えばいい。
 みんな違って、みんないい。
 お互いの違いを共有の武器にし合えることの喜びから、励まし合える関係を作り、同業他社であっても競争相手ではなく、新たなビジネスモデルを作り続けていくために必要なパートナーであるという絆を大事にしたい。

 頭でっかちの中流は上流をめざすが、彼らが手にするのは退屈だけだ。
 彼らの幸せ観に惑わされず、自分自身の幸せを願えばこそ、相手、ひいては社会全体の幸せを願えることを、経済的自立の方法を学び合う中で、実感してほしいと思う。

 それは、中流にしがみついている資産層には、逆立ちしたってできないことだ。
 その点で、低学歴の下流資産層には、希望があるのだ。

 「ニートやフリーターはかわいそう」などと感じて、「反貧困」デモに誘うような連中にだまされるな。
 彼らは、中流資産層に毒されているだけなのだ。
 「反貧困」運動が経済的に自立する学びから貧しい当事者たちの目をそらさせてしまっている罪に、早く気がついてほしい。
 そこには希望はない。

 下流資産層にとっての希望は、経済的自立、つまり、ソーシャルベンチャーになる方向にしかないのだから。

 既に、大学に進学しても、そのキャリアをまったく活かさない現場に飛び込み、そうした現場からソーシャルベンチャーを興したという人さえ現れ始めている。

 頭でっかちが「体でっかち」に目覚めると、大卒より高卒のほうがいいと気づくのだ。

 高卒で社会に出る人の中には「今頃、気付いたの?」と思う人も少なくないが、大学院を出ても社会に出ていない自分を直視したくなくてどんどん貧乏になっているという「高学歴ニート」が増えているところを見ると、本当に大学の価値は高偏差値の大学になればなるほどデフレしているといえるのかもしれない。

 しかも、問題なのは、大卒でサラリーマンになってから問題の大きさに気づく頃には、高卒の人のキャリア経験を評価できるものさしや、低学歴ゆえの低所得を強いられている人々への関心も奪われ、自分の発想が大卒の中ではちょっとマシではあっても、高卒・中卒の人たちにとっては、まだまだ狭い世界での小さな気づきにすぎないことを恥じ入ることができなくなってしまう。

 低学歴の人ほど、世間の広さを知っている。
 なぜなら、社会に出てから覚えることが大卒の人より多いのだから。

 だからこそ、彼らこそが社会の仕組みを変えるポテンシャル(潜在的な有能人材)だといえるし、彼らに実践でソーシャルベンチャーを教えれば、経済的に自立する者が増え、それらの成功者は同じ境遇の人にも勇気を与えるだろうから、続々と後輩たちが続くはずだ。

 そうなれば、社会の仕組みは底辺からガラリと変わり、価値の変換が生まれる。

 その頃には、大卒者は高卒者に対してすまなそうに挨拶するかもしれない(そもそも納税期間が少ないのだから当然なのだ)。

 そして、みなしごハウスや、児童相談所の一時保護など、親から見捨てられた者たちにも、職業選択の自由が与えられる。

 なぜなら、学費を払える親がいないために高校や大学に行きたくても行けない人ほど経済的自立への意欲は高く、そんじょそこらの大学生よりも向学心があるのだから、そういう10代と一緒になってまったく新しい未来を作る仕事は、きっと教育者にとってもワクワクできるだろう。

 社会の底辺にこそ、燃えさかるマグマが眠っているのだ。
 若者よ、ソーシャルベンチャーを学べ。
 遅すぎることはない。
 絶望なんかしてるヒマなんか、もうないのだから。
 
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Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
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