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長井健司さんを悼む ~バランスと臆病さ

 9月27日に、APF通信社のジャーナリスト、長井健司さんがビルマで至近距離から銃で撃たれて亡くなった。
 このニュースは、きっとテレビや新聞で見た人も少なくないだろう。
 民主化を求める市民と僧侶の無暴力デモと、軍事政権側の銃を所持した特殊な治安部隊。
 その緊張関係を取材するために、ハンディカメラを手にヤンゴン市の通りに出た長井さんは、ほんの数メートル先から銃殺されたのだ。

 治安部隊の誰かが発砲したのは、ほぼ間違いないだろう。
 撃つ理由は、デモ隊に対して治安部隊が暴力や銃で沈静化を図っているような悪事を世界的に報道されたくないからだ。

 あるテレビでこの一件について、某ジャーナリストがこう言った。

「撃ったのは、撃つのに何のためらいもない特殊部隊で、既にミャンマー(ビルマ)の少数民族を虐殺している。上官の命令を待たずに、現場の判断で平気で逮捕した市民さえ撃ち殺している」

 長井さんが亡くなった後、友人に僕は言った。

「撃った奴に、なぜ撃ったかを語らせたい。裁判でも何でもいいから」

 しかし、友人は「仕方ないことだろう」とそっけなく言った。

「撃った奴にしてみれば、撃たなければ自分が上官からドヤされるか、あるいは殺されるか、ひどい目に遭うわけだから、奴にしてみれば、自分や家族を守るためには、自分の顔や残虐行為を報道される前にあれこれ考えずに殺してしまったほうがいいと思うだろうから。
 奴にとっても発砲はノーチョイス(仕方のないこと)だったんじゃないか。
 危険を承知で現地に行っているんだから、ハナから民主化運動の手先のように思われても仕方がないし、だいたい、よその国の内政に干渉するなんて、おせっかいなんだよ」

 そういう考えの持ち主はいるし、危険な戦場取材を重ねるジャーナリストを「刺激を求めているジャンキー」のようにとらえる向きがいることも知っている。

 100歩譲って、そうだとしても、世界には戦争があること、そこにはにわかには解決しえない貧困や他国との関係が密接にからんでいることを、テレビや新聞などを通じて僕ら同時代人に知らしめているのが、そういう危険を顧みないジャーナリストであることも、一方で動かしがたい事実なのだ。

 1997年、長井さんはAPF通信社に入り、戦場取材を始めた。
 同じ頃、僕はAPF通信社の代表・山路徹さんの招きで同社を訪れ、当時まだ珍しかったオンライン・ムービーで日本の親子関係が内戦状態に陥っていることを座談会で話した。

 それから、僕は何度も赤坂のAPF通信社を訪れ、酒鬼薔薇事件では、サカキバラの友人を名乗る元少年の証言を番組にする取材に協力したり、家出少女の取材を手伝ったりするなどしていた。

 長井さんが日本にいる時、僕は隣の机で作業をしていたので、長井さんが音楽好きで、自作の曲をギターで作っている趣味があることを知り、僕も音楽が好きだから、ダウンロードやmp3について教えてあげたりした。

 長井さんは本当に真摯な方で、僕のような年下にも気を遣って「コーヒー、どう?」とコーヒーをドリップして作ってくれたりした。

 思い返すと、ずっと笑顔で、穏やかで、とても銃弾が飛び交う危険地帯を渡り歩いてきたような人に思えないのだけど、どうしてこういう素敵な人が1発の銃弾で非業の死を遂げなければいけないのだろう。

 その理不尽さこそを、僕は呪う。

 今日、青山葬儀所に赴き、葬儀と出棺に立ち会った。
 山路さんは葬儀委員長として「誰も行かないところには誰かが行かなければ。それが長井さんの口癖でした」と挨拶した。

「消防隊が火の中に飛び込んでいくように、警察官が危険な事件現場でも突撃していくように、僕らジャーナリストも、そこに伝える価値のあるものがある限り、どんなに危険でも飛び込んでいかなければなりません。それが、私たちの仕事です」

 弔辞では、鳥越俊太郎さんや田丸美鈴さんらが別れの言葉を述べた。
 長井さんのお父さんは車いすで、雨の中、かなり意気消沈していた。
 オレンジ色の袈裟っぽい衣装のビルマ人たちも、予定外の挨拶をしてくれた。

「民主化を遂げたら、ビルマでは長井さんの名前は歴史に残ります。
 ビルマ人は決して長井さんの名前を忘れません」

 葬儀場は、マスコミ関係はもちろん、ビルマ人や一般市民の方々で場外まで人があふれていた。
 人間1名の死は、これだけの人間を集めるのだ。
 命は決して軽くない。

 長井さんを撃った男よ、いつかは名乗り出てほしい。
 本当に、銃撃がおまえにとってノーチョイスであったとしても、お前には自分の命を守る代わりに他の人の命を奪った理由を語る責務がある。

 そして、僕らの宿題がはっきりした。

 当座は、治安当局に盗まれたと思われる長井さんのビデオカメラと、そこに収められている「真実を映したビデオテープ」を取り戻し、真相を明らかにすること。

 これは、山路さんや外務省、そして警察庁などがこぞって取り組んでくれるだろう。

 しかし、僕ら一般市民に残された宿題は、なぜ軍事政権が続いてしまうのかを考えることだろうと思う。

 福田首相は、この事件について「もうちょっと様子を見てから」と言ったという。
 あほか。
 自国の民が殺されたんだぞ。

 ビルマの軍政のバックに中国がいようとも、「無抵抗の人間を撃つ国は非難されてしかるべきだ」と、なぜ言えない?

 自分の妻や子どもが殺されていても、「様子を見てから」なんて言うのか?
 ばかやろう!
 自分の国の民を、自分の家族と同じように感じられない男が総理大臣なんて国を、誰が信用できるっていうんだ!

 いずれにせよ、国政さえアテにできない現実を前に僕らがそれでも考えるべきは、ためらいもなく銃撃した男の事情をどうやって取り除くか、だろう。

 北朝鮮や中国など、圧倒的な軍備を背景に国内外に政治力を発揮しようとする国家に対して、世界の国々はもっとコミットしてもいいんじゃないだろうか?

 そんな自由のない国で市民を縛り上げて、特権階級しか豊かになれない国に対しては、「ウチの国に亡命したら、人殺し以外の仕事や自由を保障しますよ」と宣伝すればいい。

 アジアや中東の紛争や内戦は、自国では解決できない貧困を抱えているのだから、世界中の国々が少しずつ、軍政に参加しかねない人たちを国外へ逃げ出せる仕組みを作ってやれば、治安を維持する人員が減り、民主化がぐっと早く進むだろう。

 ためらいなく人を殺すような訓練を受けて、自国の民にさえ発砲や銃殺を厭わない人生から、そうじゃなくても生きられる道があることを教えることはできないものだろうか?

 迫害されている市民だって、自分の生まれ育った国を捨てたくはないだろうけど、税金を払う市民がいなくなれば、軍政だって続かない。

 軍政が中国からの支援を受け、民主化が欧米からの支援を受けているとしたら、これはビルマを舞台にした代理戦争なのだ。

 中東だって似たような事情だろうが、もう血を流すのはやめにしてほしい。
 血を流して自分の土地を奪い合うより、一時的にでもいいから、国外に逃げても外国が受け入れてくれる仕組みを作れないだろうか?

 香港の住人には、中国返還後自由を奪われるのを嫌って家族で香港を離れた人たちが少なくないという。
(中国市場におべっかを使うジャッキー・チェンだってアメリカに住んでいるしね)

 自分の生まれ育った土地への愛着が、争いを産む。
 一般市民が国外逃亡を果たすためにも、まずは軍政の下で治安部隊にいるような人たちの連帯を切り崩すために「軍人の亡命を歓迎!」と国際社会がコンセンサスを作ればいい。

 北朝鮮からも「元幹部」クラスの人間が亡命しているじゃないか。
 そういうふうに、特権階級で自由に海外を往復できる身分の男を海外に連れ出せば、指揮系統は少しずつ乱れていく。

 国連も、福田総理も、そういう英断をやってみてもいい頃合いだろう。
 歴史は閉塞感に満ちている。
 でも、200を超える世界中の国々が少しずつ難民を受け入れれば、血を流さずに済む新たな革命の形を作れないとも限らないじゃないか。

 僕は、僕の生きているあと20~30年の間に、そういう連帯が国際的に生まれることを祈っているし、ひとりの人間の命にもそういう力が込められているのだと思いたいのだ。

 僕らは、海の向こうの殺人に無関心でいることで、自分自身の生活における気ままさを保っている。
 それを言い換えるなら、僕らは誰かが投げ出した命のおかげで、現在の自分の自由と安全を確保しているってことだろう。

 長井さんが、あなたの知人・友人であるかどうは、彼の命の大事さにはあまり関係がない。
 あなたが何も知らなくても、彼と何ら関係なく生きているとしても、彼が命がけで撮影した映像をあなたはテレビで見ることができるし、APF通信社のサイトやYouTubeなどの動画共有サイトでも見ることができる。

 彼が命を投げ出して撮影しなければ、知り得なかった現実を、あなたは知れるのだ。
 そこには、ミャンマー市街で走る日本車の映像や、日本の電化製品、日本では見ることもない銃を携えた兵士を乗せたトラックなどが映っている。

 僕らが毎日ふつうに働いて作って売っている製品が、軍政を支えているのかもしれないし、そもそもビルマ人に軍隊式の教練を教えたのは、日本軍だっていうじゃないか。

 中東ゲリラに「特攻」(自爆テロ)を教えたのも、日本の赤軍だった。
 9・11のテロを考えるとき、僕は現在の日本に今なおネット心中が止まらず、「人を殺せば死刑になれる」と望んで殺人行為に及ぶ「無理心中型の自殺志願者」の輩がいる現実との関係を考えないわけにはいかない。

 日本人は自分の命を粗末にしてきたし、共同体のために死ぬことを美化してきた。
 しかし、共同体のために死んだ個人を犠牲にする習慣は変わらず、そこから個人を守るために違うルールを設けるという英断を学ぶことは下手だった。

 長いものには巻かれろ式の発想で、組織と拮抗できる個人は少ない。
 会社がやれと言えば、牛肉偽装だって厭わない。
 ばかろうの集団だ。
 僕の友人が言ったように、「仕方ない」で済ませてしまう。

 組織に対して「ノー!」というべき時は「ノー!」と言える個人の勇気がもっと問われていいと思う。
 でないと、ノーチョイスで長井さんを撃った治安部隊の男と何ら変わりない。

 長井さんの死は、そんなことまで考えさせる。
 一人の命は、そこまで深く、重いのだ。

 僕のつたない文章で、長井さんの死から豊かなものをくみ取ってもらえれば、これを書いた甲斐があると思うし、長井さんに対して何もできなかった僕のせめても弔いになるかもしれない。

 ふだんの僕や、僕の仕事内容を知っている人は、僕が政治的な話題をしないので、こんなことを書いてびっくりする人もいるかもしれないけど、僕は悪いことに進もうとしている組織や共同体に対して、「ノー!」と言える勇気をもってほしいと思うし、どうしても言えないのなら、そこから去ることも勇気の証だと思う。

 僕らは、勇気を常に試されているんだ。
 イラクやビルマだけが危険地帯なのではなくて、今ここに生きている職場や国家や大事な人との関係の中にこそ勇気が試されていると思うし、勇気を証明するために命ってもんがあるんだろうと思う。

 命がけで取り組めるものがあることは、幸せだ。
 長井さんに合掌。
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コメント

 自民党が支持されている限り、この国は変革の意志が薄いのかもしれません。

 でも、そしたらこの国からも人は外へ出ていくような気がします。
【2007/10/10 01:00】 URL | con #-[ 編集]
ここでコメントするのは初めてです。
そうです、そのとおりです。

確かに外国に軍隊がある以上、
すぐに武力を捨てるわけにはいかない…と、
それが現実ではあるけれども、
軍隊の存在に頼る政権を許さないことは、
それと矛盾せずに両立できるし、
むしろ率先して、それをしないといけない。

それが「人権外交」でしょう。

今こそ日本政治に哲学が、戦略性が、
そして将来展望が、求められています。

福田サン、貴方はできますか!
【2007/10/09 04:49】 URL | 西形公一 #-[ 編集]

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Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
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