オルタナティヴでいこう! ~告知ブログ
人は時に壁にぶつかる。でも、視点を変えれば、「想定外」の解決策が見つかるのさ!

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悲しみを越えて ~生きていく知恵をシェアする

 友人の作家・わたなべけんいちくんが、かつて僕に言ったことがある。

「自分の子どもが生まれてみないと、人は人を命がけで守りたいという気持ちがわいてこないんじゃないかなぁ」

 では、独身者や、子どもを作ることなど考えもしない若者たちには、そういう強い気持ち、強い愛を抱くチャンスがないのだろうか?

 校内暴力が吹き荒れた時代を生きた僕は、公立の小・中学校で優等生をやっていたが、校内のイジメについては体を張って友達を守った。

 優等生でさえいれば、ケンカをしても先生からお目こぼしを受けられたから、自分の友人がいじめられようなら、いじめた相手の所属する集団のボスに詰め寄って「お前のテカ、なんとかせえや」とケンカをふっかけては、負けても買っても仲良くなった。

 ボスと仲良くなれば、僕の友人たちはいじめられない。
 だから、いじめられてしまう人は僕に寄ってきた。
 しかし、勉強のできる子たちの多くは、いじめられないように目立たないように、誰かがいじめられていても無視していた。

 いじめを体を張って止める、という勇気が問われるような戦い方を思春期の頃に経験できた人と、目の前のいじめをないものとしてやり過ごしてきた人とでは、度胸の点で天と地ほどの差がある。

 要するに、子どもを産む前であっても、人を守るために戦う勇気を問われた瞬間があったのに、それを避けて生きてきた多くの人にとっては、自分が子どもを作り、可愛いゆえに守りたいという本能に根ざしたような経験を待つしか、自分が誰かを命がけで守る度胸に自覚的ではないのだろうし、自分と誰かのつながりを考えることにも鈍感なのだろう。

 しかし、特定個人がよってたかっていじめられているのを目前にした時に、簡単に無視してしまう無関心を平気で受け入れることは、とてもうら寒い社会だ。

 成長すると、僕は「そういう寒い空気は大人の社会にもある」と気づいた。

 なんで、こんなことを書いているかといえば、ここ2日間ばかり、そうした寒い社会を思わせる出来事が起こったからだ。

 東大自主ゼミでニート不安からネットビジネスで自営し、その売り上げで会社を作った若者(ネオニート)をゲスト講師に呼ぶと、そのネオニートの若者に対してある東大生がこう発言した。

「その会社は10年後にどうなっているか、わからないですよね。そこで人を雇いれたら、社会的責任はどうなんですか?」

 ネオニートの若者はこう答えた。

「それはわからないので、それでもいいのかを尋ねて、納得してもらって働いてもらっています」

 しかし、僕はこの東大生に対して、とても寒いものを感じ、とっさに言ってしまった。

「じゃあ、君の就職する会社や官庁は、どうなんだよ? 君に説明してんのかい? 10年後のことを。就職すれば、君の人生はまるごと就職先に預けることになるんだよ。
 好きな仕事ができるかどうかも、クビにされるかどうかも、君が決めるんじゃなく、就職先の人事部や株主たちが決めるのであって、君に決定権なんかないんだよ。自己決定はできないわけだよ。それをわかってるの?
 逆に、自営業から出発し、経営者になれば、苦境に陥った時に自分で自由に解決法を生み出し、突破していくだけでいいわけ。誰かに自分の身の振りの決定権を預けなくていいんだから。
 こういうリスクヘッジの方法に鍛えられている自営業に対して、社会的責任を問う前に、自分が就職先の会社にとって手放したくないほどの有益な人材になることを目指すか、官僚になっても本当に簡単に天下りできるような時代状況になっていくかどうかを調べたほうが身のためだろうが」

 もちろん、こんなことを言ったところで、この東大生は何もわかっていないのだろうし、「大学新卒者の3割は最初の就職先を20代で離職する」なんて統計数字を言っても、自分がニートになるなんてどうしても信じられず、想定外のことにしたいんだろう。

 おそらく自分の身分が、国民の税金を投入された国策の大学として、どこの大学の学生よりも社会的責任を負わされている立場であることにも鈍感なのかもしれない。

 自分よりいろんな面で弱者である存在が社会には多いのだ、ということに気付かないことは罪深いが、自分が体力的あるいは経験的には弱者であることを気付かせることで、弱者への想像力を喚起することも、このゼミの役割にしていく必要があるのかもしれない。

 彼は、ニート不安から這い上がってきたという事実の重みに関心を寄せることもないまま、自分のことは語らないまま、いきなり相手に「社会的責任」なんて言葉を出すくらいに、自分の問題としてとらえていなかった。

 もっとも、まだ世の中に出てもいないのだから、頭でっかちに「社会的責任」なんて青臭い言葉を持ち出してしまうのも仕方ないんだろう。

 自分の頭の上のハエすら負えないうちに、誰かのことを言うのは早計だ、という社会のルールを知るほどまでは成熟していないのだと理解するしかないと思った。

 世の中には中卒で大工見習いになり、20歳の頃には「この足場をちゃんと作らないと建物の構造が乱れて、住む人が困るからちゃんと仕事をしよう」と思いながら、鉄骨を組み立てている人間だっていることを、きっと彼は知らない。

 それが社会的責任の実感であることを知るには、時間がかかるのだろう。
 今はまだ頭でっかちな教育環境しか知らないからだ。

 だが、就職にあぶれて社会的弱者に陥り、そこから自分の力で稼ぐ力を身につけて這い上がってきた人間が目の前にいて、それなりの苦労を負ってきたことを想像できないようじゃ、人を思いやるという気持ちの点であまりに劣っているとのそしりを免れないだろう。

 これは東大生に特質なものではないのかもしれない。

 リタリンの取材をやろうとmixiで取材協力者を呼びかけたところ、「マスゴミ」と呼ばれ、「鬼畜」と言われた。

 彼らにも、他者を十分に想像するという精神的余裕はなかった。
 余裕があるなら、精神科に通ってなどいないのだから、それも当然といえる。

 僕が10年以上もの時間をかけ、向精神薬の依存症で死んでいった若者たちを取材し、どんな精神科医よりも時や私財や労力を惜しまずに提供し、当事者たちと付き合い、命に寄り添ってきたことなど、彼らは想像すらできないのだ。

 だから、生活習慣の改善や、体力の増強、人間関係の改善が、向精神薬への依存から立ち直ることに不可欠だと説いても、それらの方法が困難なものだと勝手に決め込んでしまう。

 自分に無理なくできる方法は山ほどあるのに、「全部できないこと」「面倒でうざいこと」と遠ざけ、詳しく尋ねる前にあきらめてしまう。

 かといって、当事者に「そういう余裕のなさも自己責任だ」などとは言いたくない。

 きっと、精神科でも学校でも、なにかすごい努力をしないと問題が解決しないように仕込まれて来たのだろうし、問題解決を一緒に取り組んでくれる人などいないと絶望のカタマリになってしまったのだろうから。

 それだけのプレッシャーを、彼らは学校や社会、病院などで刻み込まれてきたのかもしれない。

 その痛みを思うと、絶望のカタマリになり、僕が取材する仕事をしているというだけで「マスゴミ」と決めつけ、毒を吐いてしまうのもうなづける。

 だから、彼らを即座に非難することはできないし、そのままでは彼ら自身が救われないだろうことに悲しみさえ覚える。

 しかし、彼らが毒を吐けるチャンスを作り、それを聞く痛みを覚えることこそ、彼らの存在に真正面から向き合うことなのだ。

 痛みを負う人に向き合う痛みが、そこにはある。

 向きあう痛み、これは心ある人間にしか耐えられない。
 耐えられない人は、マニュアルにすがり、それ以上の仕事をしない。

 しかし、絶望のカタマリで余裕を失い、毒を吐くしかできなくなっている人が立ち直るには、前述のように生活習慣の改善や、体力の増強、人間関係の改善を契機にするしかない。

 それを自覚できたならば、その時に僕の言っていたことを思い出すのかもしれないが、僕は10年以上も取材してきて、それらが生き直しの契機になることに確信を持っているし、それが真実だ。

 僕は、その真実の力によって支えられているため、マニュアルを鵜呑みにしないし、向き合う痛みに耐えかねて、毒を吐く人間を非難したりはしないのだ。

 クスリにすがるしかないように思い込まされている人は、果てしなくかわいそうな人たちだ。

 彼らは、教師や医者を自分の親と同様に根拠なく信用することを強いられているうちに、すっかり彼らに依存し、依存する以外の生き方を探せないまま、生きてゆく自信を奪われていることに鈍感になってしまったのに、大人になってしまうと、そうした責任を自分個人だけが一身に引き受けなければいけないかのように思わされてきた。

 だから、教師や医者を親に対するのと同様に意識的には裏切れず、無意識ではクスリを処方量以上に服用(=オーバードーズ)することを望んでしまい、それによる弊害が出てもクスリを求めてさまようばかりで、医者に真実を話せないでいる。

 医者の前で「良い子」をやらないと、薬が得られないからだ。
 それぐらい、彼らは「良い子」を強いられて育ったのだろう。

 親からも教師からも会社からも世間からも「良い子」を期待され、そのプレッシャーを自力ではねのける力も奪われて、オーバードーズで亡くなった友人が僕には4人もいる。

 だからこそ、毒を吐けない日常を生きている彼らが、僕に対して毒を平気で吐けることは健康へのささやかな一歩だし、自分を責めない処世術ともいえるのだ。

 それがわかっている僕は、彼らに向き合う痛みをみんなに心配されるほど多くは感じていない。

 むしろ、心配なのは、向き合う痛みを根本的に支えているのが体力であることを知らず、心を病む人と同様に頭でっかちに彼らを支えようとし、向き合うことで伴う痛みから逃げようとしている自分に気付かない人たちが多数派を占めていることだ。

 「向き合う痛み」という現実に耐えられず、「毒ばかりはいている人間なんか放っておけ」ということが平然と行われてしまえば、自分を救ってくれる人材に対する想像力を持たない人たちは、孤独の果てに自殺するか、自分のことさえどうでもいいのだから誰でもいいから人でも殺して、今いる自分の場所から遠ざかろうとしてしまうのではないか?

 そんなことを思っていたら、会津若松市で高校生の少年が母親を殺し、その首を持ってネットカフェに行き、「母親を殺した」と2ちゃんねるで報告し、誇らしげに警察までタクシーを飛ばして出頭したという事件が起こってしまった。

 彼は言った。

「誰でもいいから殺したかった」

 このセリフはもう聞き飽きた。
 彼も用意周到にのこぎりを事前購入していた。
 計画的な犯罪であり、精神病理でもなんでもない。

 まぁ、そもそも犯罪心理の学者や精神科医は、ふだんから「現代の青少年」たちと深く付き合っているのではなく、初めから患者や特異な症例を研究材料にするだけだから、世の中がすべて病んでいるようにしか見ないようなメガネを持っているにすぎない。

 だから、何でも病気にして自分の顧客獲得に走ることにも何ら抵抗がないのが、うすら寒いわけだが、もちろん、こうしたうすら寒い医者のあり方に対して行政もアカデミズムも何もしない。

 まぁ、行政やアカデミズムを担う人間は、マニュアル通りの仕事以外にもっと人間的な仕事のあり方があることを知らないのだろうから、その仕事を漫然と続けているともいえるし、一度、「これじゃいけない」と目覚めてしまうと、孤軍奮闘の果てに鬱病になってしまう人もいるぐらいだ。

 医者も、そのあり方を問う行政もアカデミズムもマスメディアも、実は同じ間違いを犯しているのだが、その外側から眺めないと、自分の間違いがわからないのだろうから、せめて自分があまりにも狭い社会を生きていることに自覚的になってほしいと思う。

 彼らは自分が知っているとても小さな枠組みの話しかしておらず、広く社会全体を俯瞰しながら解決策を探っているわけではないのだ。

 マスコミも、猟奇犯罪が起これば、犯罪心理の「専門家」に連絡を取り、コメントさせる。
 これも、思考停止型のマニュアル通りの仕事だ。

 うんざりする向きもそろそろ現われているだろうけど、かといって、孤軍奮闘では、このうすら寒い社会の仕組みやイメージを変えるには無力だ。

 だから僕は「自殺zeroキャンペーン」に参画し、ソーシャル・ビジネスとしてお金を稼ぎながら人を助けられるビジネスを始めようと思う。

 東大でも自主ゼミは、「私を知るための当事者論」がテーマなので、もっと「僕は」「私は」で始まる私見を拾えるような仕組みと説明を徹底しようと思う。

 学校がちゃんと教えないのは、そういう「他者と共生する構え」と、それを可能にする思考法だからだ。

 他者を軽んじる社会は、自分で自分の首を絞める孤独なものだ。
 頭でっかちを駆逐し、腹の底から言葉を通わせることのできる関係作りを試行錯誤してみたいと思う。

 そういう現場で奮闘することが、命がけで人を思える人材を増やすことにつながるものだろうと思うから。

 自殺zeroキャンペーンでは、誰もがすぐできる「人を救える知恵」がシェアできるインフラも仕事として作っていくつもりだ。

 興味のある方はmixiで「自殺zeroキャンペーン」のコミュに入られたい。
 大丈夫。
 君にもすぐにできることが、ちゃんとある。


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コメント

 情報格差によって損をしている人たちは、いつまで経っても「薬にしか頼れない」と信じ込まされていますし、依存症になれば、もちろん「自分を救ってくれるのは薬だけ」という具合に、他の療法の豊かさを否認しますよね。

 薬だけしか自分を救ってくれないと思い込まされていること自体が認知のゆがみなので、彼らを責める理由はまったくないんですが、そのように延々と患者を薬漬けにして飯を食っている医者が断罪されず、それどころか、依存症になった人々から慕われてしまうのは、まさに宗教的な共依存の構図です。

 医者自身の不勉強ぶりや世間知らずぶりが社会的に断罪されないのは、本当に困ったものです。
【2007/05/25 08:00】 URL | con #-[ 編集]
ひどい言われようですね。
もしかしたら、同様に、こちらの人もひどい言われようをしているのかもしれません。がんばってください。

殺人者を製造する精神医学 - 精神科医の犯罪を問う - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kebichan55/32646823.html

こんな人たちもがんばっているみたいです。
協力できて、スクープをモノにできるといいですね。

川崎の男児投げ落とし事件は、抗うつ薬副作用の可能性も
http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2006/04/post_8f30.html

国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」[まぐまぐ!]
http://blog.mag2.com/m/log/0000154606/108569614.html?c=pol

探偵ファイル~スパイ日記~/会津若松・母親頭部切断事件にモノ申す/BOSS
http://www.tanteifile.com/diary/2007/05/17_01/index.html

マイケルムーアも映画で医療業界を叩くみたいですので、日本のこの分野の報道、第一人者になれるチャンスかも。
【2007/05/24 00:31】 URL | ifa #tHX44QXM[ 編集]
 あなたと議論する必要を感じませんし、たぶん根本的な誤解があるような気がします。

 ちなみに、精神医療についての取材はお金にならないどころか、お金が出ていく一方なんですよ。

 
【2007/05/17 00:08】 URL | con #-[ 編集]
 仰せのとおり、別トピで書くべきでした。
 ただ、精神疾患の方の中にも、薬について賛否両論があり、攻撃されるのは承知で書きました。
 mixiコミュのほうでは、確かに別トピでやるべきで、横やりしてしまったことを謝りました。
 ちなみに、被害者なんて思ってませんよ。
 理解されない痛みも当然と思っているので。
【2007/05/17 00:03】 URL | con #-[ 編集]
>リタリンの取材をやろうとmixiで取材協力者を呼びかけたところ、「マスゴミ」と呼ばれ、「鬼畜」と言わ>れた。

『僕は今、日テレの番組制作上、リタリンを医者以外から買ったことのある方、あるいは友達などからタダでもらったことのある方を取材したいと思い、当事者の方を探しています。

 どうしても必要で、思わず買ったり、もらったりしてしまった方、メッセください。
(※匿名取材もOKです。なお、関東在住者のみ対象)』

このような事を、精神疾患で悩んでいる方のトピックに書き込んだら叩かれるのは当然だと思いますが…。
しかも、そのトピックは貴方が立てたモノでもないのに…。
勝手に横槍を入れて、叩かれたら被害者の様な振る舞いをするのはやめて下さい。
筋を通さずに、いかにも筋を通している様な文章は、正直言って不愉快です。
持論を展開するのは勝手ですが、その場所を考えずに発言するのは如何なものかと思いますよ?
【2007/05/16 21:37】 URL | みさきち #-[ 編集]
ODで死ぬやつなんてめったにいいない、うそつくな
病院が金儲け主義なのは昔から
鬱は死に至る病気です、それを薬が悪いとか医者が悪いとかってじぶんの都合のいいように話もっていってる、脳のしくみ、精神疾患そのものが、100%解明されてないのに、ネタ作りのために話でっちあげるな
頭いいのかしらんけど、俺もやるときは徹底的にやるよ
【2007/05/16 19:50】 URL | SIN #-[ 編集]

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Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
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