昨今、なにかと話題の「反貧困」キャンペーンに、とてもうさんくさいものを感じる。
たとえば、日給仕事にしか就けず、住居も満足に得られず、ホームレスそのものの若者を国は制度として救済せよ、という意見。
要するに、「ネットカフェ難民」に代表されるような職にアブレた若者にも生存権を守ってやれ、という主張なのだが、一見、正しく見えるこの論調には、問題提起するばかりで、何ら自助努力が見えない点が、どうもうさんくさく映るのだ。
たとえば、生活倉庫の堀内社長も、中年ホームレスだった。
しかし、ゴミ家電などを修繕して売っていき、今では年商●億を売り上げる社長だ。
拙著『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)にも、100社の就職面接を断られた文系の男が苦手なホームページ制作をなんとか学んでブログ・アフィリエイトやせどりなどによって1年半で月収300万を達成した実例を載せている。
こうした人たちのことを、「反貧困」を問題視する人は「特別な人たち」として切り捨ててしまい、延々と正規雇用を求める政治運動にアブレた若者を駆り立てている。
しかし、政府の失業対策を待っていられるほど、当事者の「貧困」の若者は日々の生活に耐えられるだろうか?
そんな政治運動は生活に困らない人がやればいいのであって、当事者としては自分が腹の底から力の発揮できそうな職種の職業技術を早急に身につけるしかないだろう。
いくら日給仕事しかなく、住む場所すらないとしても、1日500円をため、1か月で1万円をプールしておけば、3か月で3万円になる。
3万円もあれば、都内のゲストハウスのドミトリーを1か月借りられるから、住所を得られる。
ゲストハウスならシャワールームもあるし、友達だって出来るから割のいいバイトの情報だって入るだろう。
保証人も不要で、即入居できる物件だって豊富にあるのだから、ネットカフェよりもずいぶんとお得だ。
そうすれば、昼と夜のバイトを2つ仕込めば、月給で20万以上は確保できるはずだ。
つまり、3〜4ヶ月でホームレス生活からは抜け出せる筋道はつけられる。
その程度で解決できる問題を「貧困」と呼ぶのであれば、1日1ドルで暮らしているバングラデッシュの最下層の国民はどうなるんだ?
フリーター生活が嫌ならば、手に職をつけるしかなかろう。
そして、雇われるのが嫌ならば、自営業を始めるほかなかろう。
ところが、「貧困問題」を声高に叫ぶ人たちは、雇用の問題にばかり目を向けさせ、当事者の若者たちに自営業を教えない。
そして、なぜか政治運動に走らせようとする。
それを先導するのは、とても罪なことだが、文化人たちは「どうせフリーターもろくにできない若者には自営業は無理」とタカをくくっているし、自分たちが自営業で飯を食っている実存からは目をそむけようとする。
しかし、30歳も半ばを迎えそうな人たち、あるいはそれ以上の年齢のフリーターを正規雇用するのは、事実上、無理だ。
だって、あなたが会社の社長だったら、そういう人を雇いますか?
雇わないよね。
だったら、当事者の人間は死ぬしかないのか?
ノー!
自営業で生き残るしかないのだ。
自営業とは、自分で仕事を作ることを言う。
「こんなに大変な暮らしなんだ!」と世間に訴えたいなら、それを取材されて誰かに書かれるのではなく、その実態を自分で書いて出版できるように出版社に売り込めばいい。
どんなライターも、毎度売り込みをやっている。
生きていくのに、当たり前のことだ。
働きたくないのであれば、生活コストのかからない田舎に引っ越して、必要最低限度の労働しかしなくて済むように生きてもいいし、実際に人手不足の伝統工芸や林業などには、家も仕事も与えて入植してほしいと望む自治体だってある。
それでも、ぐーたら生きたいのであれば、円の強いアジアで暮らしてみてもいい。
半年だけ夢中になって働いて10万円ほど貯めたら、タイやインドネシアの田舎で人生を休んでみればいい。
少なくとも、技術的にできる職業の範囲を増やしていかなければ、食いっぱぐれてしまう。
資本主義社会で生き残るためのそういう基本に鈍感なままアブレている若者はただ「坊やだからさ」と呼ぶしかない。
自分の無力を国家のせいにしてはいけない。
食えるだけの「稼ぐ力」をつけるには、自分自身の能力アップという現場で戦うのが本筋だ。
自分の命の使い道くらい、自分で考えるべきだし、自分がどんな分野の世界が好きなのかを自覚して、その業界の片隅でもいいから飛び込んでみるしか、道は開かれていかない。
ものかきなら出版社だろうし、音楽ならレコード会社なり、レコード店なりに入りこむしかない。
どうしても、やりたいことがわからなければ、とりあえず自分で仕事を作ってみることだ。
世の中には、前述のようにホームレスから社長に成り上がれた人もいるし、タダや格安で手に入るものを高価で転売するビジネスだってある。
そして、とにかく自営業は売り込みだ。
断られても断られても、自分や商材を売り続けるしかない。
捨てる神あれば、拾う神あり、だ。
その「拾う神」も、売り込みを続けていかなければ出会えない。
僕はライター生活17年目になるけど、「拾う神」はまんざら少なくないことを知っている。
「生きさせろ!」とシュプレヒコールをあげるヒマがあったら、自分の仕事を作ることに時間と労力をかけないと、自分自身と戦う体力まで政治運動に奪われてしまうよ。
政治運動は中流層に任せておけ。
自称「貧困」の若者よ、君には自営業にこそ未来があると知ってほしいね。
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