オルタナティヴでいこう! ~告知ブログ
人は時に壁にぶつかる。でも、視点を変えれば、「想定外」の解決策が見つかるのさ!

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悲しみを越えて ~生きていく知恵をシェアする

 友人の作家・わたなべけんいちくんが、かつて僕に言ったことがある。

「自分の子どもが生まれてみないと、人は人を命がけで守りたいという気持ちがわいてこないんじゃないかなぁ」

 では、独身者や、子どもを作ることなど考えもしない若者たちには、そういう強い気持ち、強い愛を抱くチャンスがないのだろうか?

 校内暴力が吹き荒れた時代を生きた僕は、公立の小・中学校で優等生をやっていたが、校内のイジメについては体を張って友達を守った。

 優等生でさえいれば、ケンカをしても先生からお目こぼしを受けられたから、自分の友人がいじめられようなら、いじめた相手の所属する集団のボスに詰め寄って「お前のテカ、なんとかせえや」とケンカをふっかけては、負けても買っても仲良くなった。

 ボスと仲良くなれば、僕の友人たちはいじめられない。
 だから、いじめられてしまう人は僕に寄ってきた。
 しかし、勉強のできる子たちの多くは、いじめられないように目立たないように、誰かがいじめられていても無視していた。

 いじめを体を張って止める、という勇気が問われるような戦い方を思春期の頃に経験できた人と、目の前のいじめをないものとしてやり過ごしてきた人とでは、度胸の点で天と地ほどの差がある。

 要するに、子どもを産む前であっても、人を守るために戦う勇気を問われた瞬間があったのに、それを避けて生きてきた多くの人にとっては、自分が子どもを作り、可愛いゆえに守りたいという本能に根ざしたような経験を待つしか、自分が誰かを命がけで守る度胸に自覚的ではないのだろうし、自分と誰かのつながりを考えることにも鈍感なのだろう。

 しかし、特定個人がよってたかっていじめられているのを目前にした時に、簡単に無視してしまう無関心を平気で受け入れることは、とてもうら寒い社会だ。

 成長すると、僕は「そういう寒い空気は大人の社会にもある」と気づいた。

 なんで、こんなことを書いているかといえば、ここ2日間ばかり、そうした寒い社会を思わせる出来事が起こったからだ。

 東大自主ゼミでニート不安からネットビジネスで自営し、その売り上げで会社を作った若者(ネオニート)をゲスト講師に呼ぶと、そのネオニートの若者に対してある東大生がこう発言した。

「その会社は10年後にどうなっているか、わからないですよね。そこで人を雇いれたら、社会的責任はどうなんですか?」

 ネオニートの若者はこう答えた。

「それはわからないので、それでもいいのかを尋ねて、納得してもらって働いてもらっています」

 しかし、僕はこの東大生に対して、とても寒いものを感じ、とっさに言ってしまった。

「じゃあ、君の就職する会社や官庁は、どうなんだよ? 君に説明してんのかい? 10年後のことを。就職すれば、君の人生はまるごと就職先に預けることになるんだよ。
 好きな仕事ができるかどうかも、クビにされるかどうかも、君が決めるんじゃなく、就職先の人事部や株主たちが決めるのであって、君に決定権なんかないんだよ。自己決定はできないわけだよ。それをわかってるの?
 逆に、自営業から出発し、経営者になれば、苦境に陥った時に自分で自由に解決法を生み出し、突破していくだけでいいわけ。誰かに自分の身の振りの決定権を預けなくていいんだから。
 こういうリスクヘッジの方法に鍛えられている自営業に対して、社会的責任を問う前に、自分が就職先の会社にとって手放したくないほどの有益な人材になることを目指すか、官僚になっても本当に簡単に天下りできるような時代状況になっていくかどうかを調べたほうが身のためだろうが」

 もちろん、こんなことを言ったところで、この東大生は何もわかっていないのだろうし、「大学新卒者の3割は最初の就職先を20代で離職する」なんて統計数字を言っても、自分がニートになるなんてどうしても信じられず、想定外のことにしたいんだろう。

 おそらく自分の身分が、国民の税金を投入された国策の大学として、どこの大学の学生よりも社会的責任を負わされている立場であることにも鈍感なのかもしれない。

 自分よりいろんな面で弱者である存在が社会には多いのだ、ということに気付かないことは罪深いが、自分が体力的あるいは経験的には弱者であることを気付かせることで、弱者への想像力を喚起することも、このゼミの役割にしていく必要があるのかもしれない。

 彼は、ニート不安から這い上がってきたという事実の重みに関心を寄せることもないまま、自分のことは語らないまま、いきなり相手に「社会的責任」なんて言葉を出すくらいに、自分の問題としてとらえていなかった。

 もっとも、まだ世の中に出てもいないのだから、頭でっかちに「社会的責任」なんて青臭い言葉を持ち出してしまうのも仕方ないんだろう。

 自分の頭の上のハエすら負えないうちに、誰かのことを言うのは早計だ、という社会のルールを知るほどまでは成熟していないのだと理解するしかないと思った。

 世の中には中卒で大工見習いになり、20歳の頃には「この足場をちゃんと作らないと建物の構造が乱れて、住む人が困るからちゃんと仕事をしよう」と思いながら、鉄骨を組み立てている人間だっていることを、きっと彼は知らない。

 それが社会的責任の実感であることを知るには、時間がかかるのだろう。
 今はまだ頭でっかちな教育環境しか知らないからだ。

 だが、就職にあぶれて社会的弱者に陥り、そこから自分の力で稼ぐ力を身につけて這い上がってきた人間が目の前にいて、それなりの苦労を負ってきたことを想像できないようじゃ、人を思いやるという気持ちの点であまりに劣っているとのそしりを免れないだろう。

 これは東大生に特質なものではないのかもしれない。

 リタリンの取材をやろうとmixiで取材協力者を呼びかけたところ、「マスゴミ」と呼ばれ、「鬼畜」と言われた。

 彼らにも、他者を十分に想像するという精神的余裕はなかった。
 余裕があるなら、精神科に通ってなどいないのだから、それも当然といえる。

 僕が10年以上もの時間をかけ、向精神薬の依存症で死んでいった若者たちを取材し、どんな精神科医よりも時や私財や労力を惜しまずに提供し、当事者たちと付き合い、命に寄り添ってきたことなど、彼らは想像すらできないのだ。

 だから、生活習慣の改善や、体力の増強、人間関係の改善が、向精神薬への依存から立ち直ることに不可欠だと説いても、それらの方法が困難なものだと勝手に決め込んでしまう。

 自分に無理なくできる方法は山ほどあるのに、「全部できないこと」「面倒でうざいこと」と遠ざけ、詳しく尋ねる前にあきらめてしまう。

 かといって、当事者に「そういう余裕のなさも自己責任だ」などとは言いたくない。

 きっと、精神科でも学校でも、なにかすごい努力をしないと問題が解決しないように仕込まれて来たのだろうし、問題解決を一緒に取り組んでくれる人などいないと絶望のカタマリになってしまったのだろうから。

 それだけのプレッシャーを、彼らは学校や社会、病院などで刻み込まれてきたのかもしれない。

 その痛みを思うと、絶望のカタマリになり、僕が取材する仕事をしているというだけで「マスゴミ」と決めつけ、毒を吐いてしまうのもうなづける。

 だから、彼らを即座に非難することはできないし、そのままでは彼ら自身が救われないだろうことに悲しみさえ覚える。

 しかし、彼らが毒を吐けるチャンスを作り、それを聞く痛みを覚えることこそ、彼らの存在に真正面から向き合うことなのだ。

 痛みを負う人に向き合う痛みが、そこにはある。

 向きあう痛み、これは心ある人間にしか耐えられない。
 耐えられない人は、マニュアルにすがり、それ以上の仕事をしない。

 しかし、絶望のカタマリで余裕を失い、毒を吐くしかできなくなっている人が立ち直るには、前述のように生活習慣の改善や、体力の増強、人間関係の改善を契機にするしかない。

 それを自覚できたならば、その時に僕の言っていたことを思い出すのかもしれないが、僕は10年以上も取材してきて、それらが生き直しの契機になることに確信を持っているし、それが真実だ。

 僕は、その真実の力によって支えられているため、マニュアルを鵜呑みにしないし、向き合う痛みに耐えかねて、毒を吐く人間を非難したりはしないのだ。

 クスリにすがるしかないように思い込まされている人は、果てしなくかわいそうな人たちだ。

 彼らは、教師や医者を自分の親と同様に根拠なく信用することを強いられているうちに、すっかり彼らに依存し、依存する以外の生き方を探せないまま、生きてゆく自信を奪われていることに鈍感になってしまったのに、大人になってしまうと、そうした責任を自分個人だけが一身に引き受けなければいけないかのように思わされてきた。

 だから、教師や医者を親に対するのと同様に意識的には裏切れず、無意識ではクスリを処方量以上に服用(=オーバードーズ)することを望んでしまい、それによる弊害が出てもクスリを求めてさまようばかりで、医者に真実を話せないでいる。

 医者の前で「良い子」をやらないと、薬が得られないからだ。
 それぐらい、彼らは「良い子」を強いられて育ったのだろう。

 親からも教師からも会社からも世間からも「良い子」を期待され、そのプレッシャーを自力ではねのける力も奪われて、オーバードーズで亡くなった友人が僕には4人もいる。

 だからこそ、毒を吐けない日常を生きている彼らが、僕に対して毒を平気で吐けることは健康へのささやかな一歩だし、自分を責めない処世術ともいえるのだ。

 それがわかっている僕は、彼らに向き合う痛みをみんなに心配されるほど多くは感じていない。

 むしろ、心配なのは、向き合う痛みを根本的に支えているのが体力であることを知らず、心を病む人と同様に頭でっかちに彼らを支えようとし、向き合うことで伴う痛みから逃げようとしている自分に気付かない人たちが多数派を占めていることだ。

 「向き合う痛み」という現実に耐えられず、「毒ばかりはいている人間なんか放っておけ」ということが平然と行われてしまえば、自分を救ってくれる人材に対する想像力を持たない人たちは、孤独の果てに自殺するか、自分のことさえどうでもいいのだから誰でもいいから人でも殺して、今いる自分の場所から遠ざかろうとしてしまうのではないか?

 そんなことを思っていたら、会津若松市で高校生の少年が母親を殺し、その首を持ってネットカフェに行き、「母親を殺した」と2ちゃんねるで報告し、誇らしげに警察までタクシーを飛ばして出頭したという事件が起こってしまった。

 彼は言った。

「誰でもいいから殺したかった」

 このセリフはもう聞き飽きた。
 彼も用意周到にのこぎりを事前購入していた。
 計画的な犯罪であり、精神病理でもなんでもない。

 まぁ、そもそも犯罪心理の学者や精神科医は、ふだんから「現代の青少年」たちと深く付き合っているのではなく、初めから患者や特異な症例を研究材料にするだけだから、世の中がすべて病んでいるようにしか見ないようなメガネを持っているにすぎない。

 だから、何でも病気にして自分の顧客獲得に走ることにも何ら抵抗がないのが、うすら寒いわけだが、もちろん、こうしたうすら寒い医者のあり方に対して行政もアカデミズムも何もしない。

 まぁ、行政やアカデミズムを担う人間は、マニュアル通りの仕事以外にもっと人間的な仕事のあり方があることを知らないのだろうから、その仕事を漫然と続けているともいえるし、一度、「これじゃいけない」と目覚めてしまうと、孤軍奮闘の果てに鬱病になってしまう人もいるぐらいだ。

 医者も、そのあり方を問う行政もアカデミズムもマスメディアも、実は同じ間違いを犯しているのだが、その外側から眺めないと、自分の間違いがわからないのだろうから、せめて自分があまりにも狭い社会を生きていることに自覚的になってほしいと思う。

 彼らは自分が知っているとても小さな枠組みの話しかしておらず、広く社会全体を俯瞰しながら解決策を探っているわけではないのだ。

 マスコミも、猟奇犯罪が起これば、犯罪心理の「専門家」に連絡を取り、コメントさせる。
 これも、思考停止型のマニュアル通りの仕事だ。

 うんざりする向きもそろそろ現われているだろうけど、かといって、孤軍奮闘では、このうすら寒い社会の仕組みやイメージを変えるには無力だ。

 だから僕は「自殺zeroキャンペーン」に参画し、ソーシャル・ビジネスとしてお金を稼ぎながら人を助けられるビジネスを始めようと思う。

 東大でも自主ゼミは、「私を知るための当事者論」がテーマなので、もっと「僕は」「私は」で始まる私見を拾えるような仕組みと説明を徹底しようと思う。

 学校がちゃんと教えないのは、そういう「他者と共生する構え」と、それを可能にする思考法だからだ。

 他者を軽んじる社会は、自分で自分の首を絞める孤独なものだ。
 頭でっかちを駆逐し、腹の底から言葉を通わせることのできる関係作りを試行錯誤してみたいと思う。

 そういう現場で奮闘することが、命がけで人を思える人材を増やすことにつながるものだろうと思うから。

 自殺zeroキャンペーンでは、誰もがすぐできる「人を救える知恵」がシェアできるインフラも仕事として作っていくつもりだ。

 興味のある方はmixiで「自殺zeroキャンペーン」のコミュに入られたい。
 大丈夫。
 君にもすぐにできることが、ちゃんとある。


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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

東大自主ゼミ~自殺zeroキャンペーン

 全12回行われる「東大自主ゼミ」の概要とゲスト講師が決定した。

 『オルタナティヴ・スタディーズ ~「私」を知るための当事者論』と名付けられたこの自主ゼミでは、毎回ワンテーマを設定し、ゼミ講師の僕がテーマに基づいたゲスト講師を招く。

 前半45分ではゲスト講師と語り合いながらテーマへの理解を深め、後半45分では参加しているゼミ生と講師とがお互いに質疑応答を重ね、テーマにおける当事者としての自分の構えを自問しながら、自分とは他人事と思って無関心だった問題に解決の知恵を探ろうという試みだ。


毎週月曜:pm4:20-5:50
場所:東大駒場キャンパス7号館4階762号室
http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam02_01_06_j.html

 全12回の概要は、下記のとおり。
 mixi内の「conゼミ@東大」では、1回だけでも参加したい「ビジター性」を毎週募り、定員20名(レギュラーゼミ生と合わせて)になり次第、〆切る予定だ。


★第1回□4月23日(月) 
「『私』を知るオルタナティヴ・スタディーズとは何か」(終了)
 今一生

 少数派からの視点で世の中を読み直せば、自分のしたいことやできることも自覚しやすくなる。一見、自分とは関係のないこととして関心外にしてきたような現実の中にこそ、自分との接点があるのだ。真正面から向き合えば、自分は当事者になれる。
 当事者になるとは、どういうことなんだろうか? その問いからこのゼミは始まる。
[参考資料]
 今一生の公式サイト
http://www.createmedia.co.jp

★第2回□5月7日(月) 
「『私』を生きる、という困難を超えるために」(終了)
 今一生&石井政之(ジャーナリスト。合同会社「ユニークフェイス研究所」代表)

 「顔面」問題をめぐる当事者としてコミュニティを日本で最初に作ったジャーナリストが語る、存在の主張。
 立場なき人々の困難にあなたはどう向き合うのか?
 知ることから始まるコミュニケーションの可能性と、ソーシャル・ビジネスへの目覚め。
[参考資料] 
『顔面バカ一代』
 ユニークフェイス研究所
http://www.geocities.jp/uniquefacelabo/index.htm

★第3回□5月14日(月) 
「ネオニートはなぜ親より稼げるのか」
 今一生&矢代竜也(有限会社「ネットサプライ」代表。月収300万男)

 ニート不安は、雇用に対する不安である。しかし、雇用からあぶれてしまったニートには自営の道しか残っていない。自営は本当に「大変」だろうか?
 自営から会社を作った二人が、無理のない自営の稼ぎ方を探る。
[参考資料] 
『親より稼ぐネオニート』(扶桑社新書)
 矢代さんのビジネスサイト
http://afiri.net/

★第4回□5月21日(月) 
「ゲストハウスの可能性 ~人生をシェアする」
 今一生&山中武志(業界最大手の「株式会社オークハウス」代表取締役)

 首都圏だけでも300店舗に上る物件数になっているゲストハウスで今、何が起こっているか。経営者による最前線レポート。
 シェアすることで生活コストを落とすだけでなく、人と人とがつながることで起こる「事件」を、どう受け止めるか?
[参考資料] 
『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)
 オークハウスのサイト
http://www.oakhouse.jp/

★第5回□5月28日(月) 
「WEB2.0以後のリテラシーと演出 ~子どもとメディア」
 今一生&横濱悠平(株式会社ローハイドCEO)&わたなべけんいち(作家。映像)

 ネット以前のメディアである雑誌の仕事からweb1.0時代の最先端を駆け抜けた作家と、web2.0メディアを当然としながら次世代のリテラシーを作っているプロデューサが語り合う、メディアの本質。
 現実のメディア・コンテンツならびにリテラシーはコスト・パフォーマンスの中でしか作られていないことをあなたは知っているだろうか?
[参考資料] 
ローハイドのサイト/わたなべけんいちのサイト
http://raw-hide.jp/
http://www.asahi-net.or.jp/~bx5k-wtnb/

★第6回□6月4日(月) 
「人を幸せにして稼ぐソーシャル・ベンチャーの現在」
 今一生&オキタリュウイチ(株式会社ポジメディア代表)

 異業種が関わり合って争わずに商品開発をしていくというネットワークを作れば、福祉的なテーマでもビジネスとして役に立つ仕事ができる。
 言い換えれば、社会に役立つ仕事をしながら、同時にそれによって儲け、自分の生活を守っていけるビジネスモデルがある。それが、ソーシャル・ビジネス。
「自殺zeroキャンペーン」を手がけるプロデューサと、あなたはどう関わることができるだろうか?
[参考資料]
ポジメディアのサイト/オキタリュウイチのメルマガ文章(経歴)
http://www.posi-media.net/
http://www.melma.com/backnumber_15681_2333334/

★第7回□6月11日(月) 
「『QJ』社外編集会議 ~広告と報道と読者」
 今一生&林龍太郎(『Quick Japan』編集者)

 既に、初代編集長のコンセプトからは遠く離れた若者雑誌『QJ』。
 その編集者が語る、雑誌編集の現在。Web2.0時代に雑誌が果たせる役割や面白さとは何なのか?
 ゼミ生からの知恵を集め、売れる「ネタ」とは何かを考える。僕らが買っている情報の作られ方に立ち会う、編集会議シミュレーション。
[参考資料] 
『Quick Japan』 雑誌サイト
http://www.quickjapan.net/

★第8回□6月18日(月) 
「ナーシング・フリーダム ~私と子ども、どっちも大事」
 今一生&光畑由佳(mo-house代表)&杉山貴子(mo-houseスタッフ)

 人前でおっぱいを授乳させる母親の不安を取り除いた画期的なナーシング・ファッション「mo-house」の目指すものは何か?
 企画・開発・販売に携わるスタッフと代表が「mo-house」の10年間を振り返り、親である自分と子育ての両方を楽しむ方法を提案する。
 子どもができたら、あなたは仕事を捨てますか?
[参考資料] 
mo-houseのサイト
http://www.mo-house.net/

★第9回□6月25日(月) 
「『私』という性(さが) ~居場所がないという安心」
 今一生&今多千絵(フリーライター)

 女が好きな女はレズビアン? セクシュアリティ以前の「私」に立ち戻るアクティヴィティをパーティやミーティング」などを通じて進めてきたライターが、自身の交際経験の実感をふまえて「マイノリティ・コミュニティ」の可能性を問う。
 「ノーマル」を自認するあなたに問いたい。
 あなたがカムアウトしたいものは本当に何もない?
[参考資料] 
今多さんのブログ
http://papyrusthevirus.blog43.fc2.com/

★第10回□7月2日(月) 
「心の病は不幸か?/ひきこもりからの脱出体験」
 今一生&月乃光司(「こわれものの祭典」代表)&市野善也(ひきこもり経験者)

 自分の困った性癖や過去の失態に対して、あなたは「ありがとう」と言えるだろうか? 自殺未遂・精神科入院・テレクラ依存。アルコール依存など、さまざまな困難を抱えながらサラリーマンをしている42歳の男と、ひきこもりから自分の方法で脱出してきた若者が語り合う、「今の僕」。あなたはただの現在にすぎない!
[参考資料] 
『「ひきこもり」の「社会理論」―「ひきこもり」完全理解のために』
月乃光司さんのサイト
http://yaplog.jp/koware/


★第11回□7月9日(月) 
「フリーテーマでゼミ総括」(※各自スピーチ)
今一生&ゼミ生

 ゼミの内容からインスパイヤされた内容を、参加するゼミ生全員が各自5分間のスピーチで総括。あらかじめ原稿を用意し、読み上げること(3分以内。2分は質問。1500~2000字程度。名前と年齢、職業を明記する)。
 10回までのゼミのワンテーマに特化した内容でもいいし、全体を通じての感想でもいいが、ゼミによって知り得た事柄や出会いによって今後の自分にどんな方向性を考えさせられたのか、あるいいは自分がさらに掘り下げていきたいポイントが何なのかについて自身の過去の経験をふまえて具体的かつわかりやすい文章にまとめる。
 なお、原稿はあらかじめ6月末までに今一生のアドレス(con@createmedia.co.jp)まで、.docファイル添付で送ること。
 原稿は、今年末刊行予定の本ゼミを収録した書籍に収録を予定しています(※どうしても困る人はゼミ終了後に相談してください。無理は言いません)。

★第12回□7月17日(火) 
「分散恋愛とフレンド・セックス ~人格から関係へ」(※コンパ有)
 今一生&新崎もも(作家。『分散恋愛』著者)

 これまで男女の関係には、ただの友達・恋人・夫婦・愛人・セックスフレンドという5つの名称しか無かった。
 しかし、最近では「分散恋愛」あるいいは「フレンド・セックス」といったような、「セックスもある親密なお友達」という関係が浮上してきている。
 前者の造語を作った女性作家と、後者の造語を作った男性ライターが語る、男女関係の変遷と新しい付き合い方への目覚め。人格ではなく、関係を検証する。
 あなたが欲しいのは、本当に「異性」か?
[参考資料]
mixiコミュ「フレンドセックス」 
『分散恋愛』(宙出版)
 新崎ももさんのサイト
http://plaza.rakuten.co.jp/shinzakimomo/



 既に18歳から50代まで、学生からベンチャー社長まで、多彩なゼミ生が参加し、あっという間に90分が過ぎてしまう熱いゼミになっている。
 ゼミ生の中から、「自殺zeroキャンペーン」を通じて新しいビジネスを始める者たちが誕生するといいなぁ。

 このキャンペーンは、10年前に「ヘブンズ・パスポート」という手帳を企画・開発し、15万部を売り上げたオキタリュウイチくんの呼びかけで始められるソーシャル・ビジネス。

 自殺未遂者を助けるのには、どうしても時間やお金や労力がかかってしまい、これを一人でやり続けると、孤軍奮闘のまま、ただ貧乏になっていってしまう。

 しかし、こうした福祉的な試みを事業化すれば、人を助けながら自分もちゃんと生活費を捻出することができるようになる。

 その詳細は、追ってこのブログでも紹介していきたいが、興味のある方はmixiコミュ「自殺zeroキャンペーン」に参加してみてほしい。
 人は人を救える。
 そして、救うことで稼いでいける仕組みは作れるのだ。

テーマ:就職・転職・仕事・求職・アルバイト・パートのNo1最新情報 - ジャンル:就職・お仕事

プロフィール

今一生 con isshow

Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
◎公式サイト
◎今一生の本

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■ゲストハウスに住もう!
■ネオニートへの道
■クスリをやめたいあなたのために

■ミス御隠居の無責任日記
芸能時事ネタで笑えるのほほん日記。


■ご機嫌公論
ライター&エディターのロイ渡辺くんのブログ。


■バルセロナの日本人女性
”バルセロナ嫌い”なのに在住7年――英語翻訳家のちょっとハイソ な日常を英語バイリンガルでお届け。


■インドで豆腐屋になろう!
豆腐屋の娘でも無いのに、東京で豆腐屋修行するちべまろさんのブログ。



■レンタル空手家
ひきこもりや精神的に弱い人の自宅や近所に出向いてくれる空手家のブログ。



■世界の片隅から、映画を観る。
心動かされた映画を紹介するまこと(仮名)さんのブログ。



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