2001年の段階で既に、大学新卒者のうち、入社後3年以内に離職する人は35%以上に上っていた。
低学歴となれば、離職率はさらに高まる。
高卒でも約5割、中卒では7割以上もの新卒者が3年も辛抱できずに会社を辞めてしまっている(厚生労働省「雇用保険事業統計」より)。
周囲のみんなと同じように進学し、
就職活動をしてきたつもりでも、社会に出てから失速してしまう若者がそれだけ多いのだ。
自分の魂を捧げられる趣味を仕事に出来ず、自分のしたいことがわからなくなった人には、会社の中で自分が必要な存在だと認められない不満が高まる。
だから、正社員から下りたがるのも当然だ。
その結果、自分の存在を必要としてくれる職場を探して会社から会社へ転々とさまようことになり、おかげでフリーターや
ニートが急増することになる。
国家の定義では、フリーターとは「学生・主婦を除く15〜34歳のうち、パート・アルバイトをしているか、無業者で仕事を希望する者」だ。
厚生労働省の試算によると、フリーターは1992年には100万人程度と言われていたが、2005年には201万人と発表された。
だが、これには派遣社員や契約社員は含まれていない。
正社員以外の労働者をすべて含めて定義した内閣府では、フリーターは2001年段階で417万人にいると発表され、これは正社員を含む同じ世代の労働者全体の2割以上も占めている。
同じように学校を卒業しても、5人に1人は正社員として働いてはいないのだ。
これは、40人学級なら1クラスで8人も正社員でない卒業生がいる数字だ。
同窓会では、フリーターや
ニートになったために出席を渋る者が続出するだろう。
正社員という雇用形態で企業という組織に自分の時間を支配されるのを嫌がって正社員の身分を捨てても、フリーターになった後、フリーターにも疲れて辞めてしまえば、職業技術が無い。
だから、親の扶養家族としての
ニートになるか、配偶者や恋人に養ってもらう以外にない(養いたいと思ってもらえる「モテる人」なら可能だが)。
そもそも
ニート(NEET)とは、「雇用されておらず、職業訓練も受けてない者」(Not in Education, Employment or Training)を意味するイギリスの労働政策用語だ。
そのまま和訳すれば、資格不要で稼げる自営業者や、上流層の家庭に生まれて資産的には働かなくても困らない「おぼっちゃま」「お嬢様」なども含まれるようにも受け取れる。
だが、若い世代からタックス・ペイヤー(納税者)が減っていき、財政難を招くことを危惧した国家は、中流・下流層の家庭に生まれ、かつ確固たる職業技術もない失業中の若者を前提にしてこの用語を普及させ、財源縮小の問題を国民に広く呼び掛けたかったのだと思う。
万が一、このまま
ニートが右上がりに増えていけば、少子化も進み、自治体の財政破綻、ひいては国家財政の破綻というカタストロフも「想定外」ではなくなるからだ。
もちろん、破綻以前に教育・医療・治安などの面で不便な社会が到来するだろうし、最悪の場合、自治体や国家まで他国や企業の経済的属国になりかねないという不安を感じさせるから、
ニートという言葉を持ち出したと言えるだろう。
それゆえに、日本では
ニートに該当する国民をより大きな枠で限定する(=
ニートの言葉を定義づける)ようにしてきた。
日本では、2004年の労働白書から初めて
ニートに相当する存在を「若年層無業者」ととらえ、2003年度に52万人と集計したものの、2005年以降の労働白書では家事・通学をしていない既婚者・学生も加え、2005年では64万人と発表したのだ。
つまり、前述の「
ニート」の定義に加えて「家事をしないで家族に養ってもらっている若者」が含まれたわけ。
「若年無業者」は2005年3月に内閣府が行った調査では2002年段階に既に85万人もいたと発表されたが、財政難にあえぐ国が若年層の問題を明らかにし、(所得税の源泉になる)勤労の権利を与えようと躍起になって該当する数字を増やそうと動いているように見える。
それなら、雇用のチャンスを増やせばいいじゃないか。
そこで2006年6月現在の完全失業率を見ると、労働力人口全体の4.2%にすぎない。
完全失業者とは「働ける状況にある15歳以上で仕事を探していた無職の人」のことだが、若年労働者の完全失業率だけは90年代を通じて上昇し、1993年から2003年の間に15〜34歳で8%(82万人)から16・4%(164万人)に上った。
データは全国平均だから、過疎が進行し、雇用のチャンスのない地方では実勢の数字で20%を超えるところもザラにあるってこと。
若年労働人口のうち2割程度の人間には、雇用されたくても受け皿がないわけ。
つまり、10人の若者のうち8人までは、(自分の基準で職場を選ばなくていいのなら)雇用される。
しかし、既に失職している残り2人に対してまで闇雲に「
ニートになるな!」とわめく人がいるとしたら、ただの世間知らずなのだ。
しかも、日本経団連が発表した雇用に関するアンケート調査では、「人材不足」と答えた企業が40・3%もあるのに、「フリーターの正規従業員としての採用」には88・3%が消極姿勢を示した(読売新聞2006年8月26日付より)。
フリーターになっても、その多くは経団連所属の大企業(もしくはその傘下の中小企業)では正社員にはなれないわけだ。
この重い現実を受け止め、早めに人手不足の深刻な零細企業か、法人化したばかりの少人数のベンチャー企業に入れれば、とりあえずはひと安心。
というか、最初は小さな会社ゆえの少ない給料でも、会社が若いからこそ社員の結束とやる気次第では人生逆転のチャンスにありつくこともある。
実際、社員数の少ない会社に入ったからこそ、後日に大成功を収めた例は山ほどある。
たとえば、2005年3月に陸路で6時間かかる函館=帯広間をたった1時間で結ぶ定期便を就航させた航空会社「エアトランセ」の社長・江村林香(りか)さんは、中学生のころ、貧しい家計を助けるために自分の学力レベルよりずっと低い偏差値の高校を選んで入った。
そして、最初の中間テストでこれまで経験したことのない学年1位をとってしまう。
それは彼女の人生を決定づけた。
「自分にとって難なくできるレベルのもので一番になれば、自信がつくし、やる気もわくんだ」と発見したわけだ。
短大に進んだ江村さんは、4大生しか家庭教師の口がないことに困った。
そこでめげずに、「自分にとって難なくできるレベル」での家庭教師になろうと、逆転の発想で「偏差値40以下の子どもを高校に入れます」をうたい文句で貼り紙をしたら、月収60万の売れっ子になったそうだ。
彼女によると、「90点の子に100点をとらせるのは大変だけど、0点の子を10点にするのは簡単だし、私にもできると思った」とか(中居正広の「金スマ」での発言)。
就職活動の際、彼女は面接官に対して「私が60万以上の月収を稼げるまでに何年かかりますか?」と聞いたところ、「短大卒の子は2,3年働いてくれればいいんだ。ありえない」と笑われた。
そこで彼女はハローワークへ行き、できたばかりの人数の少ないベンチャー会社に入った。
彼女を入れても3人の小さな会社だ。
お茶くみどころか、業務の一切、果ては営業の前線で働くようになり、入社6年後に社員数が40人に達する頃には、26歳の若さで新会社の取締役を任されたという。
彼女の成功した原点である、「自分にとって難なくできるレベルのもの」を自覚することは、職にあぶれた若者の再挑戦にとって、ものすごく重要なことだろう。
たとえば、gaiaxなどで簡単なホームページは作れるけど、本職のホームページ・デザイナーにはかなわない、という人がいたとしよう。
それでも、超・初心者のお年寄りや小学生、身体障害者といった社会的弱者にとっては、一緒にホームページを作ってくれる人がいたら、ありがたがってお金を出すだろう。
腕のいい本職の人たちは、そういう人を得意先としては選ばないし、社会的弱者は本職の求めるギャラの額面を用意できないからだ。
そこに、職にあぶれた者が「自分にとって難なくできるレベルのもの」を発見する余地がある。
社会的弱者の元へ足を運び、「ホームページを一緒に作りませんか? 安い価格でサービスしますよ」と売り込めば、仕事はつかめるし、1回でも「私にもホームページができた!」と喜んでくれる客がいれば、その客による口コミから芋づる式に増えるだろうし、そうやって感謝されれば、ますます仕事への意欲が増すだろう。
つまり、現段階で特別な技術や資格を持っていなくても、「自分にとって難なくできるレベルのもの」が何かさえ自覚できれば、自営の道が開かれるわけだ。
その自営の道さえ「俺には何もできない」と自分で放棄してしまったら、やがて収入源も資産も失い、貧乏どころか餓えて死ぬのも時間の問題。
無職者のままでは
結婚も子育てもあきらめざるを得ないし、親の財産を食いつぶすだけだ。
そのまま独身を続け、家にこもるばかりの暮らしでは、「働け!」「雇ってくれるところがないんだよ!」という親子間の「内戦」をこじらせて近親殺人に及ぶか、自殺をしてしまいかねない。
事実、毎年7〜8月に公表される警察庁の統計によると、この国の自殺者数は8年連続して3万人を超え、2005年には3万2552人に上った。
交通事故による死者(6千人強)の5倍もの多くの人間が自分で命を絶っているのだ。
しかも、厚生労働省の統計によれば、20代・30代の死因は病死や事故死よりも自殺が最も多い。
一方、2006年7月の(財)社会経済生産性本部の発表によると、6割の企業が3年間で「心の病」が増加傾向と回答し、年齢別に見ると30代に集中する傾向が見られた。
会社に入ったところでどうにも浮かばれない人がいるという事実は、ただでさえ不安な
ニートたちにとっては、ハローワークに運ぶ足をさらに鈍らせるだろう。
仕事の口もない、魂を注げる趣味も応援されない、将来に正規雇用のチャンスも期待できない…。
果ては自殺か、殺人か。
そういう絶望的な不安に対して正面から立ち向かおうとした若者たちの間から、「
ネオニート」は必然的に現れた。
就労のための教育も受けていないし、どこの会社にも雇用されていない、まさしく「
ニート」の定義そのものでありながら、雇用に頼らず、不労所得で食えるようになった若者たち。
それが、「
ネオニート」だ。
この言葉は、2年前に『給与明細』(テレビ東京)という番組でオンライン・トレーディングによる資産運用をしながら暮らしている「株
ニート」を指して、テリー伊藤さんが名付けた造語だ。
でも、昨今ではアフィリエイトや「せどり」、情報販売やネットショップなどの「元手0円」を前提にしたネット・ビジネスによって、
ニート生活を脱出し、親より稼ぎ出すようになった10〜30代の若者たちが続出していることから、彼らの存在こそ「
ネオニート」の名にふさわしいと言える。
なぜなら、彼らはただの新しい(=ネオ)
ニートなのではなく、ネット・ビジネスによる不労所得から、それを本職の一つとして発展させ、自営業として成立させたり、儲けに応じて法人化して取締役社長に成り上がることで、世間との折り合いをつけるという(従来だったら)「ウルトラC」の人生逆転劇を見せており、現在
ニートである当事者にとっては、安定した暮らしのできる親元にいながら、ネットを利用して親よりも多額の収入を稼げるというあり方は、現状を打破する方法と知恵を具体的に示した一つの確かな希望だからだ。
もっとも、一方では「アフィリエイトなんかで儲けられるはずがない」という声が根強いのも知っている。
しかし、そういう声を上げる人たちの多くは自営業者ではない。
彼らは、友達が「俺は物書きになる」と言えば、「筆1本で食っていくのは大変だぜ」としたり顔で言うような無責任な人たちだ。
僕もライター(=元手0円の自営業)になる以前によく言われたもんだ。
しかし、現実にライターになってみると、そんな声はウソだった。
この出版業界というところは、自分が売り込みさえちゃんとしておけば、いくらでも仕事をくれるところなのだ。
(そりゃ、仕事を選んだり、金遣いが荒ければ、貧乏になるだろうが、売り込みさえ怠けずに続けていれば、仕事なんていくらでもくれる業界なのだ、実際)
アフィリエイトもネットショップも、ニーズを発掘し、それに見合う広告や商品を提供するという点では、読者層という市場を明確に示して雑誌の特集企画や新刊企画書を書いては仕事を取るライターと、ビジネスの基本は同じだ。
ニーズに対して売り込み続ければ、漁師のように能力次第で稼げる。
そういう自営業の基本姿勢を知らない人は、自営能力に自信がないから、ちょっとした副収入目当てのつもりで始めたアフィリエイトが儲からないと、すぐに辞めてしまい、「やっぱり儲からないものなんだ」と思うことで、自分の能力のなさを潔く認めないまま、「お前も儲からないぜ」と吹聴して回るわけだ。
そりゃあ、趣味やお小遣い稼ぎの感覚なら、儲かりはしないだろう。
「小遣いを稼ぎたい」なんていう余裕があるような暮らしぶりなら、稼ぐ技術を鍛えるまでアフィリエイトをつづけたりはしないからね。
だからアフィリエイトで稼げなかった人たちは多いし、彼らは「あなたも儲からなかったのね。私と同じ」という同族意識で安心感を覚えて、「儲からない」を定説として結論付ける。
その結論を鵜呑みにしても、べつに困らない暮らしぶりなのだから、彼らにはいつまでもそう信じておいてもらったほうがいい(そのほうが商売敵を増やさずに済み、競争がこれ以上、激化することを防ぐからね)。
でも、来年の収入のメドさえ立っておらず、生き死にの問題として真剣に自分の境遇を憂いている立場の人なら、「もうコレに賭けるしかない」と覚悟して自分にとっての自営業として本格的に取り組めば、日々刻々と稼ぐためのノウハウも具体的にわかってくるから、稼げる作業を楽しく感じられるようになるだろう。
そういう時こそ、人は自分の潜在能力を発揮していけるんだと思う。
親の年収額面を越せるように営業ノルマと達成期日を決め、あとはやるべきことをちゃんとやれば、正社員で働く同世代の人たちの年収を超えることなど難しくないし、その程度の年収なら2年ほどでネット・ビジネスで稼げたという人が続出している。
(ちなみに、僕自身、25歳でライターを始めた初年度の年収は600万を超えていた)
冒頭で現代日本の労働環境を説明したように、「
ネオニート」のように不労所得からリスタートして自営業をめざす以外に、
ニート脱出の道などない。
ニートが
ニート生活から脱出し、将来のカタストロフを免れるには、
ネオニートに進化する以外に道はないのだ。
それでも
ニートのままで、餓死だけはしたくないと思うなら、親から資産を生前贈与してもらうか(※贈与税がかかって遺産の額面より目減りする)、円の力が強いために超低コストで生活できるアジア諸国に移住するか、あるいは過疎の村や町が入居希望者を募っている格安家賃の公営住宅やゲストハウスのドミトリー(雑居室)に引っ越して、自己資産の目減りをできるだけ先送りするしかない。
現段階で、親元で暮らしながらも自己資産(貯金・換金可能な不動産などを含む金)が0円で、転居も出来ないなら、たとえば、日本語ブログを書いてアフィリエイトを貼り付け、毎月1万円程度をコンスタントに儲けられるようにしておけば、ベトナムあたりでは暮らせるだろう。
平均年収が10万円の国だし(ただし、5年前の情報)。
2005年発表のデータによると、国民が平均年収10万円台で暮らしている国には他にもウクライナ(18万円程度)、フィリピン(16万円程度)、インドネシア(15万円程度)などがある。
ウソだと思うなら、次のサイトを見てみるといい(※単位はドル立て)。
http://www.finfacts.com/biz10/globalworldincomepercapita.htm でも、低所得で暮らせる国では、滞在ビザの発給や治安、政情不安、風土病、特殊な法事情など、長期滞在にはそれなりに根気と工夫が強いられる。
年収10万円以下クラスの「超低所得」の国になると、貨幣経済が成り立っていないか、近代人としての暮らしが難しく、モノ不足は避けられないし、ヨソモノの定住が歓迎されるような国はないし、そもそもそれができるコミュニケーション・スキルがあったら、
ニートなどしていないだろう。
それでも低所得で暮らせる国に一度でも足を運べば、「便利で暮らしやすい日本で生きるほうがマシだ」と痛感し、生き直しのチャンスにはなるかもしれない。
(ま、そんな渡航費を捻出できる資産があればの話だが)
結局、
ニートは
ネオニートになるしか、生きる道はないのだ。
しかし、そこにこそ、実は希望と救いがある。
既に、
ニートやフリーターだった若者たちの間から親より稼げるようになった
ネオニートたちが続出しているのだから。
その現実こそが、不安を薄々と感じ始めた
ニートやフリーターには、最後のチャンスとして勇気づけられるエピソードになるはずだ。
だから僕は、元
ニート、元フリーターから「
ネオニート」へと進化した若者たちについて取材した本を書いた。
今年の2月末には、発売される予定だ。
タイトルは、『親より稼ぐ
ネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(扶桑社新書)。
ニートやフリーターの当事者はもちろん、そんな子どもを持つ親たち、
ニートになるかもしれないと不安を感じている若者たち、キャリア教育に携わる教育関係者、就労支援の関係者、青年会議所などにも必読の1冊だ。
興味のある方は、2月末頃にAmazonでチェックしてみてほしい。
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