オルタナティヴでいこう! ~告知ブログ
人は時に壁にぶつかる。でも、視点を変えれば、「想定外」の解決策が見つかるのさ!

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精神科医は、患者の葬式に出席せよ!

 また、友人がオーバードーズで亡くなってしまった。

 昨年、ある地方の自助グループの若者たちが主催するイベントに講演者として招かれた。
 そこで、サブリーダー的に精力的に動いてくれたのが、20歳を過ぎてそこそこの女性Mちゃんだった。

 昨日、リーダー格の女性からMちゃんが死んだことを知らされた。

 Mちゃんは、実家に住みながらフリーターをやったり、援助交際をやったり、リストカットをやったりしながら、地元の精神科に通っていた。

 僕が書いたココロ系の本の愛読者で、僕と会うのを楽しみにしてくれていた。

 僕もイベントの後、彼女をmixiに誘い、「新宿2丁目のレズビアンの店に行ってみたい」という彼女に「いつか上京しておいでよ」と返事を書いていた。

 オーバードーズとは、処方薬を処方量以上に摂取してしまう悪習慣のことだが、この経験者は、それが自力では辞められなくなる依存症になってしまうケースが珍しくない。

 こうなると、薬の副作用によって心臓や肺に負担がかかり、心発作や心臓破裂などで死んでしまうケースが後を絶たない。

 『卒業式まで死にません』という本を書いた女子高生・南条あやも、いつもどおりにやっていた寝逃げのためのオーバードーズで、心臓に穴を空けてしまうという壮絶な死を遂げた。

 心肺機能が低下して死ぬ以外に、喉の奥で溶け残った薬が飲み下すことができずに自動的に上ってきてしまい、喉の途中で固まって窒息死するケースもあり、僕の本ではそのように死んでしまうケースを何度も警告していた。

 Mちゃんも、つらいことがあると、とりあえずオーバードーズをしてしまうという悪習慣があり、既に依存症になっていたきらいがあるが、亡くなった理由は、かなりの量の睡眠薬を酒で飲み下そうとしたことにあるらしい。

 警察によると、「(窒息による)即死だった。仰向けの体はまだ温かかった」そうだ。

 いつものように寝逃げするためにやったオーバードーズで、本当に死んでしまうことがある。
 これは事故なのか、自殺なのか。

 警察は自殺と判断するかもしれないが、僕は事故と考えたい。
 なぜなら、こういうエピソードが残っているからだ。

 Mちゃんは以前、バイト先で「もっと笑顔で仕事をしてください」と言われ、ひどいショックを受けたのだそうだ。

 それでも彼女は「無理に笑わなくていい葬式の仕事をしたい」とよく言っていたそうだ。
 そして、実際に冠婚葬祭の会社に面接に行っていた。

 Mちゃんの告別式の日、ご家族・親類以外はごくわずかな友人たちのみというさみしいものだったらしい。

 以前にも、田舎に住む友人がオーバードーズで亡くなった際、僕はメル友たちを集めて駆け付けたが、自殺=変死を悟られたくない家族は、密葬をしたがるものだった。仏にとって大事な人たちを呼ばずに世間体を守ろうとする遺族って…。

 そんなさみしい式場に、遺族の知らないおじさんが現れた。
 尋ねてみると、Mちゃんが面接に行った会社の面接官だったそうだ。

 Mちゃんの携帯に電話しても出ないので自宅に電話し、亡くなったことを知って、駆け付けてくれたのだそうだ。

 Mちゃんは採用だった。
 それを知る前に、亡くなってしまっていたのだ。

 自分にとって無理のない働き方を考え、実際に面接に行くという行動を起こしていたMちゃんに、明確な自殺の意志があったとは思えない。

 たぶん、その日に仕事のこととは別の何らかのつらい出来事があり、そんな現実から一時的に逃避するために薬を飲んだのだろう。

 それが彼女の家族と関係があることなのかは、定かではない。
 はっきりしているのは、死因になった大量の睡眠薬を買わせたのが、Mちゃんの主治医だってことだ。 

 しかし、主治医は葬式に来なかったらしい。
 どうして、来ないんだろう?

 厚生労働省の調査では精神科の医師数は、約1万2000人もいるという(04年)。
 毎年、この国では3万人以上の人が自殺で亡くなっている。

 単純に計算すれば、一人の医師が年間で3人の患者を自殺で亡くす計算になるが、それなら香典料や花代が一回3万円程度だとして、10万円も出費すればいいだけだろう。

 その程度の出費を惜しんで、なぜ葬式に出ないのか?
 葬式に出て、それが医者自身の診療内容の結果だと受け止める必要がある。

 金八先生は3年B組を「私の生徒たちだ」と言ったが、精神科医は患者を「私の患者たち」とは呼ばない。
 自分とは何の関わりもない人と思っているから、葬式にも出ないのだろう。

 しかし、多くの患者は、人間関係に行き詰ってうつや不眠などを発病する。
 そんなことは、大学で習わずとも知っていることなのに、どうして人間関係を患者との間に築かないのか?

 ひきこもりの研究で有名な斉藤環さんがかつて、僕が主催したイベントに客として足を運び、みんなにこう話してくれたことがある。

「今の医学部では、金になる痴呆の研究(いわば脳科学)はやっても、カウンセリング能力を鍛えることに力を入れてないから、カウンセリングそのものができない若い世代の医者が増えている」

 だから「3分診療、薬漬け」なのだ。
 つまり、患者とまっとうな関係を作れないヤブ医者が増えているのだから、患者は救われようがない。

 そうとわかれば、精神科医に自分の患者の葬式に出ることを義務付ける法律でも作って、自分の仕事の結果責任に直面化させ、自分が精神科医に向いてないか、能力がないと思った人には引退してもらうほうがいい。

 葬式に出れば、金も出すことになるし、自分の病院から自殺者がたくさん出れば、経営できなくなるだろう。
 そうやってダメな医者を淘汰する必要がある。

 精神科医も自分の患者が死んだことが葬式で明るみになり、地元の市民たちからの信用を失えば、懐事情が悪くなる。
 そうなれば、さすがに薬漬け療法を見直さざるを得なくなるだろう。

 薬物療法しかやってないような病院は、即刻つぶれていい。
 精神を治す療法なんて、他にいくらでもあるのだから。

 内科や外科なら死者数も多いし、治らない病気もあるから、葬式に出ないのも理解できる。

 しかし、精神科では、薬物療法にも多くの多様な療法がある。
 その中で薬物療法を選んでいるのは、精神科医自身だ。

 自分の判断で、精神的に不安定な患者に薬を買わせているわけだから、その結果責任を負うのがプロってもんだろう。

 精神科医は、一人でも患者を自殺で亡くしてしまったら、葬式に出るべきだ。

 そこで、自分自身の診察内容に間違いがなかったかをそのたびに反省しながら、個々の患者に合った療法を選ぶべきだろう。

 医者ってのは、患者の生き死にを預かっている。
 その責任を果たすことを期待するから、患者は何年間もお金を出すのだ。

 医者がその責任を放棄し、薬で餌付けしたように患者を2年も3年も通院させ、好転へのシナリオや社会復帰への希望を患者に抱かせないなら、その医者はヤブだ。

 しかし、残念ながら、日本の多くの精神科医は、無能である。
 無能どころか、昨今の精神科医は、自分のカウンセリング能力のなさや、経営能力を棚に上げて、薬物療法に依存している。

 こうなると、「治らないのは患者やその家族が悪い」という理屈に居直ってしまう。
 居直っても、患者やその家族はまったく怒らないからだ。

 怒れば、患者の脳がおかしくなったのだと、医者に都合のいい合理化で済ませてしまう。

 その結果、どうなるか。
 患者は、Mちゃんのように、1人で薬を抱えながらひっそりと亡くなっていく。

 そんな死は、いやだ。
 怒ってほしい。

 しかし、そこで医者と戦おうとすれば、「転院すれば?」と言われるか、下手すると医者は家族を味方につけ、患者本人は閉鎖病棟にぶち込まれることになる。

 そういう例は腐るほどあるが、医者の怠慢に耐えかねた患者が、薬漬けの日々が続けば、副作用による倦怠感で仕事も満足にできず、自分の将来に不安を感じて暴れるのも当然なのだ。

 すると、今度は「言ってもわからないから」と平気で患者に暴行を加える医者だって出てくる。

 下記リンクの記事は、そんな事件のように思う。
http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070123/jkn070123005.htm

 若い医者だから未熟ゆえに、患者に暴行を働いたともいえるが、そのように目に見える暴行なら傷害罪が適用できる。

 しかし、にこやかな顔で患者にどんどん薬を渡し、薬漬けにして何年も通わせる医者は、その老獪さゆえに摘発されない。

 むしろ、薬しか頼れないと思わされた患者にとっては、いくらでも望む薬を出してくれる医者が、ドクター・キリコに見えてくる。

 ドクター・キリコは、手塚治虫のマンガ「ブラックジャック」のキャラクターで、生きるのが苦しい人を安楽死させるのが仕事だ。
 そして、今の日本の精神科医の多くは、まさにドクター・キリコそのものなのだ。

 長い期間、自分に喜んで金を運んでくれて、薬でへろへろになれば、文句も言わずに死んでくれる。
 これほど都合のいいビジネスはない。

 今回の事件をきっかけに、新聞やテレビなどのマスメディアが、一斉に精神科医のあり方を叩き始めるといいのだが、その兆候は見られない。

 なぜか。
 いま、広告媒体としてネットの力が強くなっており、ネットにスポンサーを奪われた新聞やテレビは、向精神薬メーカーの企業だろうが、サラ金だろうが、「スポンサー様!」として大事にしている。

 薬害はもちろん、それを処方する精神科医を叩けるわけがなかろう。
 だから、「1か月うつに苦しんだら精神科へ」などいうバカげたコマーシャルが広告倫理基準にも引っかからずに新聞やテレビに横行しているのだ。

 1970年代まで、日本の精神科医療は、本物の病人でない限り、門前払いをしていた。
 それは、開成高校生金属バット殺人事件の際に、父親が息子を精神科医に行かせて、どこでも「この子は病気じゃない」と門前払いを食らったことでも明らかだ。

 しかし、90年代以後、クリニックが増え、初診時から薬を出すような自動的に顧客化する診察が当たり前になってしまった。

 これは、ライバルが増えたために、顧客ではない人間さえも顧客にしないと精神科医自身が食えないから、そうなってしまったのだ。

 医者を金持ちにするために、病人が増える。
 しかも、やがて死んでいく。
 これをどうして誰も問題視しないのか?

 僕は孤軍奮闘でその問題を本に書いてきた。
 mixiでも「精神科医を疑え!」というコミュニティを運営している。
 今後も、脱・医療(あるいは脱・薬物療法)のブログを立ち上げ、問題提起していくつもりだ。

 亡くなった友人たちが生きた証に、マスメディアが報じないホントのことを記録していこうと思う。
 Mちゃん、空の上から応援しておくれ。
 合掌。
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

ネオニートが世間で認められるには

 不労所得でニートやフリーターから脱出できた「ネオニート」たちを取材して印象的だったのは、彼らの多くが自分で儲けた金をあまり上手に使っていないというか、ほとんど私物に消費しないということだった。

 それは、出身階層による行動作法がそうさせているのかもしれないと思った。

 資産的に上流層の家庭出身の子どもたちは、財力に任せた裕福な生活に慣れているため、消費者として上手な買い物をする以上に、多額な商品を買う消費者として優れている。

 つまり、富を社会に大きく還元することで、タックス・ペイヤー(納税者)として社会的に自分が存在価値が高いことを自覚できるわけだ。

 一方、資産的に下流層あるいは下流化する中流層の家庭出身の子どもとなると、逆だ。

 にわか成金のように儲かっても、多額のお金をどう使っていいかわからない。
 少なくとも、着る物や食事、車、異性へのプレゼントなどといった私的商品にどんとお金を出すことに慣れていないからだ。

 そうなると、せいぜい所得税くらいしか国に還元しないことになる。
 すると、自分が社会的に存在価値があることは、自分の仕事の中身でしか実感しにくい。

 しかし、ネオニートになることで中流以上の資産家をめざせる地位に上りつめた若者たちは、日々刻々と増えている。

 そこでアナウンスすべきは、「小さくまとまんなよ!」ってことだろう。

 下流層あるいは下流化する中流層出身だと、どうしても世間体より自分の美意識やこだわりを重視してしまう。

 というか、世間体なんか気にして「普通並」の暮らしを求めても自分には無理そうだというあきらめから、不労所得→自営という選択肢になったわけだから、資産が「普通以上」になったら、せめて世間に合わせた消費スタイルか、もしくは資産に相当する消費活動を行わないと、世間は「成功者」として認めてはくれないのだ。

 資産の増大に伴うべき変化は、消費スタイルの変更だけではない。

 たとえば、アフィリエイトやネットショップなどのネット・ビジネスで「ネオニート」として同世代の平均月収を超えた場合は、会社法人化したり、せめて確定申告をするなどの税申告の明瞭化を図ったり、IT関連だけでなく、IT以前のメディア(テレビや新聞、雑誌など)との連動を図っていかないと、市場が頭打ちになったり、ライバルの追従を許してしまうことになる。

 つまり、資産が世間並以上になれば、世間に広く認められるビジネス・スタイルを確立しなければ、いつまで経ってもネットの片隅の個人にすぎなくなるわけだ。

 自営による自分のビジネスでの成功が既存のマスメディアに検証され、広く世間に受け入れられるようになれば、たとえばアフィリエイト・セミナーの講師の仕事が舞い込んだり、出版社から「本を書きませんか?」とオファーが来たり、ほかの職種でも収入が増えることになる。

 それは、自営による不安定収入以外に、安定収入を確保する副業ができることになり、言わば、ハイブリッドな仕事のスタイルにシフトしていくことになるわけだ。

 当然そこでは、それなりの服を買う必要が出てくるし、いつまでも安い定食屋の味しか知らないわけにはいかなくなる。

 そのように、最初は「ネオニート」でも、成功後に世間に受け入れられるように振る舞えば、小さくまとまらずに済むようになり、自分の仕事に(収入額面以外の点で)自信を持つことができるようになるだろう。

 それは、自分自身が社会的に存在価値が高いことを自他共に認められるということだ。

 そのようなシナリオを胸に抱き、ただ金のためではなく仕事に励む時、「ネオニート」は年配諸氏にも応援されるようなまっとうな目標として、若者たちの一つの憧れにもなっていくと思われる。
 

 資産に見合った暮らしをすることで、世間から評価されるのだから。

 

テーマ:起業 - ジャンル:就職・お仕事

10代でも自営業なら稼げる ~ハイブリッド・ワークへ

 昨日、東京・品川で女性社長さんと会った。
 今年の夏前に出版する予定の新刊本の取材だ。

 彼女は16歳から「商品を仕入れて売る」自営業を始めていた。
 20代後半になった今では、複数の会社をまとめる会長だ。
 九州に拠点があるため、東京では短期滞在で出張しているのだ。

 このブログで「ニートはネオニートになるしか生き残れない」という記事を書き、自営の道にしか救いがないと書いたことを彼女に告げると「まったくそうですよ。自営のほうが楽なのに」とおっしゃった。

 実際、20歳~22歳の若者であれば、少人数で人手不足のベンチャー会社にあまり期待されずに参加することで雇用のチャンスをかろうじて得ることもあるかもしれない。

 だが、20代も後半になったニートや手に職のないフリーターを正規雇用する会社は、残念ながら1割程度だろうし、年次更新の契約社員になろうとも、それまで何の実績もないニートやフリーターが「これから頑張りますから」と言ったところで「経験者優遇」の優先順位で採用するのが、ふつうの企業だろう。

 自分が社長の気持ちになってみれば、わかるはずなのだ。
 職業能力のある人とない人の、どっちを雇いたいのか?

 だからこそ、そんな狭き門に入らなければ生きていけないような働き方なんか目指さず、早めに自営業としてネット・ビジネスやオフラインのビジネスを始めるといいと思うのだ。

 そのほうが、上司や会社からの理不尽な要望に頭を悩ませたり、不二家のように内部機密を強いられて心を痛めることもなく、心身共に健康のまま働けるというものだ。

 もっとも、僕のように25歳から自営業を16年も続けている身からすれば、自営とは「人生で何よりも自由を大事にしたい人の選択」である。

 自由とは、これ、自己責任のこと。
 だから、貧乏になってもいいし、荒稼ぎだってできる。
 自分のギャラが欲しければ、売り込みを増やせばいいし、休みたいなら稼ぐだけ稼いだ後で何日も寝て暮らせばいい。

 サラリーマンは、そうした安定しない生き方を嫌う向きが多いわけだけど、こうした生き方を実は、会社の創立者である社長連中なら誰でも経験していることなのだ。

 自営業から人を雇用し、会社法人にするわけだから、雇用される社員の人生しか知らない人はお気の毒だが、そういう不安定な要素を持つリーダーを仰ぎながら、自分だけはなぜか「自動的に」安定収入を得ているなんて勘違いしている人がいたら、おめでたい話だ。

 社長は、会社全体の利益から言えば、困らない程度の金を「固定費」として勘定し、安定収入を約束しているにすぎない。
 自営業者がその構図を見るなら、家賃を払っているのとあまり変わらない。

 あえて意地悪く言うならば、「安定を人生で一番大事にしている人」の多さに目をつけて、その中でも腰を据えて職業技術を発揮してくれる人だけを雇いたいのが社長の基本的な本音。

 その社長の胸先三寸あるいは(上場している会社なら)株式相場の風向き次第で、自分の地位が「リストラ」や「業務縮小」などで突然に奪われてしまいかねないわけ。

 それを自覚しないサラリーマンがいるとしたら、他者に自分の安定生活の根拠を預けっぱなしであるがゆえに「砂上の楼閣に立っている無自覚な博打打ち」と言わざるを得ないだろう。

 雇用されるということは、それだけ不自由でリスキーな生き方なんだと思ったほうがいい。
 この国は、資本主義社会なんだから。

 一方、自営業者は、常に自分の収入の確保のために日々商品企画を立て、それを営業(売り込み)し、商品を製作し、販売後は新たな商品企画を次々に編み出していく連続だ。

 食うために、それだけのことを続けているわけだから、安定至上主義のサラリーマンには「俺にはそんな能力がない」と不安がる人が多いのもうなづける。

 もっとも昨今では、副業のつもりで始めたネット・ビジネスを本業にしてしまったサラリーマンや主婦、アルバイトの高校生なども続出しているから、同じように自営をするにも、雇用された経験を活かせるのは心強いだろう。

 実際、収入目標と締切を決めて右上がりで稼いでいる自営業による収入に、雇用による安定収入を加えるようなハイブリッドな働き方は、理想的だ。

 僕自身も、自分自身の新刊を執筆したり、ほかの人の本を編集するといった本業(自営)以外に、この春から年次契約で専門学校で出版ビジネスを教える教師や、東大で自主ゼミの講師をやるなど、雇用による安定収入を増やす予定がある(まぁ、東大は金にならないが)。

 これは、ハイブリッドな働き方で稼ぐうえでの時間配分や要領を学ぶための試みだ。

 自分の能力を、単位時間あたりの給与(ギャラ)に換算したときに、ハイブリッドな働き方が有効かどうかを、可能性としてだけでなく、自分の身を持って試してみたいのだ。

 また、ニートがネオニートとして自営業へ実際に目覚めていけるかを自ら実証するために、昨日「ゲストハウスに住もう!」というブログも作った。

 僕にとって「自分が無理なくできること」は、ゲストハウスに関することだからだ。
 しかも、ゲストハウスは、まだ一般的に認知されているとは言い難い。

 情報が少ない分野なら、情報を広く集めたサイトが、その分野に興味ある人たちをひきつけるだろう。
 だから、アフィリエイトを貼った。
 amazonのアソシエイトのリンクも貼った。

 40過ぎのおっさんでも、文系出身でタグがあんまりわからなくても、3~4時間の作業で、なんとか一つのブログを作り、アフィリエイトを貼る程度のことはできるわけだ。

 時間を資産と考えれば、「自分にとって難なくできること」を続々とたくさん自覚すれば、ニートは延々とアフィリエイト用のブログを量産できるだろうし、1つのブログで月に1万も稼いでくれれば、20個ほど稼働させれば、20代の平均年収に届く日は近いだろう。

 ネットは、「みんなに受けるサイト」よりも、細分化された関心に応える「私ぐらいしか知らないことを教えるサイト」のほうが、閲覧者が少なくても熱い支持を受ける(=1日何度もチェックするヘビー・リーダーを増やす)と思う。

 そのコツがわかれば、きっと稼ぐことが面白くなり、自分の関心事につながる人たちにとって、より役立つサイトを志すようになるだろう。

 そうやって人の役に立つサイトは、稼げる。
 ネオニートのめざすべき地平は、自分だけの儲けに目を奪われず、確実に役立つサイトを作ろうとする「愛で稼ぐ」場所なんだろうと思うよ。

テーマ:私さがし・仕事探し - ジャンル:就職・お仕事

ニート&フリーターは「ネオニート」になるしか生き残れない

 2001年の段階で既に、大学新卒者のうち、入社後3年以内に離職する人は35%以上に上っていた。

 低学歴となれば、離職率はさらに高まる。
 高卒でも約5割、中卒では7割以上もの新卒者が3年も辛抱できずに会社を辞めてしまっている(厚生労働省「雇用保険事業統計」より)。

 周囲のみんなと同じように進学し、就職活動をしてきたつもりでも、社会に出てから失速してしまう若者がそれだけ多いのだ。

 自分の魂を捧げられる趣味を仕事に出来ず、自分のしたいことがわからなくなった人には、会社の中で自分が必要な存在だと認められない不満が高まる。
 だから、正社員から下りたがるのも当然だ。

 その結果、自分の存在を必要としてくれる職場を探して会社から会社へ転々とさまようことになり、おかげでフリーターやニートが急増することになる。

 国家の定義では、フリーターとは「学生・主婦を除く15~34歳のうち、パート・アルバイトをしているか、無業者で仕事を希望する者」だ。

 厚生労働省の試算によると、フリーターは1992年には100万人程度と言われていたが、2005年には201万人と発表された。

 だが、これには派遣社員や契約社員は含まれていない。
 正社員以外の労働者をすべて含めて定義した内閣府では、フリーターは2001年段階で417万人にいると発表され、これは正社員を含む同じ世代の労働者全体の2割以上も占めている。

 同じように学校を卒業しても、5人に1人は正社員として働いてはいないのだ。
 これは、40人学級なら1クラスで8人も正社員でない卒業生がいる数字だ。

 同窓会では、フリーターやニートになったために出席を渋る者が続出するだろう。

 正社員という雇用形態で企業という組織に自分の時間を支配されるのを嫌がって正社員の身分を捨てても、フリーターになった後、フリーターにも疲れて辞めてしまえば、職業技術が無い。

 だから、親の扶養家族としてのニートになるか、配偶者や恋人に養ってもらう以外にない(養いたいと思ってもらえる「モテる人」なら可能だが)。

 そもそもニート(NEET)とは、「雇用されておらず、職業訓練も受けてない者」(Not in Education, Employment or Training)を意味するイギリスの労働政策用語だ。

 そのまま和訳すれば、資格不要で稼げる自営業者や、上流層の家庭に生まれて資産的には働かなくても困らない「おぼっちゃま」「お嬢様」なども含まれるようにも受け取れる。

 だが、若い世代からタックス・ペイヤー(納税者)が減っていき、財政難を招くことを危惧した国家は、中流・下流層の家庭に生まれ、かつ確固たる職業技術もない失業中の若者を前提にしてこの用語を普及させ、財源縮小の問題を国民に広く呼び掛けたかったのだと思う。

 万が一、このままニートが右上がりに増えていけば、少子化も進み、自治体の財政破綻、ひいては国家財政の破綻というカタストロフも「想定外」ではなくなるからだ。

 もちろん、破綻以前に教育・医療・治安などの面で不便な社会が到来するだろうし、最悪の場合、自治体や国家まで他国や企業の経済的属国になりかねないという不安を感じさせるから、ニートという言葉を持ち出したと言えるだろう。

 それゆえに、日本ではニートに該当する国民をより大きな枠で限定する(=ニートの言葉を定義づける)ようにしてきた。

 日本では、2004年の労働白書から初めてニートに相当する存在を「若年層無業者」ととらえ、2003年度に52万人と集計したものの、2005年以降の労働白書では家事・通学をしていない既婚者・学生も加え、2005年では64万人と発表したのだ。

 つまり、前述の「ニート」の定義に加えて「家事をしないで家族に養ってもらっている若者」が含まれたわけ。

 「若年無業者」は2005年3月に内閣府が行った調査では2002年段階に既に85万人もいたと発表されたが、財政難にあえぐ国が若年層の問題を明らかにし、(所得税の源泉になる)勤労の権利を与えようと躍起になって該当する数字を増やそうと動いているように見える。

 それなら、雇用のチャンスを増やせばいいじゃないか。
 そこで2006年6月現在の完全失業率を見ると、労働力人口全体の4.2%にすぎない。

 完全失業者とは「働ける状況にある15歳以上で仕事を探していた無職の人」のことだが、若年労働者の完全失業率だけは90年代を通じて上昇し、1993年から2003年の間に15~34歳で8%(82万人)から16・4%(164万人)に上った。

 データは全国平均だから、過疎が進行し、雇用のチャンスのない地方では実勢の数字で20%を超えるところもザラにあるってこと。
 若年労働人口のうち2割程度の人間には、雇用されたくても受け皿がないわけ。

 つまり、10人の若者のうち8人までは、(自分の基準で職場を選ばなくていいのなら)雇用される。
 しかし、既に失職している残り2人に対してまで闇雲に「ニートになるな!」とわめく人がいるとしたら、ただの世間知らずなのだ。

 しかも、日本経団連が発表した雇用に関するアンケート調査では、「人材不足」と答えた企業が40・3%もあるのに、「フリーターの正規従業員としての採用」には88・3%が消極姿勢を示した(読売新聞2006年8月26日付より)。

 フリーターになっても、その多くは経団連所属の大企業(もしくはその傘下の中小企業)では正社員にはなれないわけだ。
 この重い現実を受け止め、早めに人手不足の深刻な零細企業か、法人化したばかりの少人数のベンチャー企業に入れれば、とりあえずはひと安心。

 というか、最初は小さな会社ゆえの少ない給料でも、会社が若いからこそ社員の結束とやる気次第では人生逆転のチャンスにありつくこともある。

 実際、社員数の少ない会社に入ったからこそ、後日に大成功を収めた例は山ほどある。

 たとえば、2005年3月に陸路で6時間かかる函館=帯広間をたった1時間で結ぶ定期便を就航させた航空会社「エアトランセ」の社長・江村林香(りか)さんは、中学生のころ、貧しい家計を助けるために自分の学力レベルよりずっと低い偏差値の高校を選んで入った。

 そして、最初の中間テストでこれまで経験したことのない学年1位をとってしまう。
 それは彼女の人生を決定づけた。

 「自分にとって難なくできるレベルのもので一番になれば、自信がつくし、やる気もわくんだ」と発見したわけだ。

 短大に進んだ江村さんは、4大生しか家庭教師の口がないことに困った。

 そこでめげずに、「自分にとって難なくできるレベル」での家庭教師になろうと、逆転の発想で「偏差値40以下の子どもを高校に入れます」をうたい文句で貼り紙をしたら、月収60万の売れっ子になったそうだ。

 彼女によると、「90点の子に100点をとらせるのは大変だけど、0点の子を10点にするのは簡単だし、私にもできると思った」とか(中居正広の「金スマ」での発言)。

 就職活動の際、彼女は面接官に対して「私が60万以上の月収を稼げるまでに何年かかりますか?」と聞いたところ、「短大卒の子は2,3年働いてくれればいいんだ。ありえない」と笑われた。

 そこで彼女はハローワークへ行き、できたばかりの人数の少ないベンチャー会社に入った。

 彼女を入れても3人の小さな会社だ。
 お茶くみどころか、業務の一切、果ては営業の前線で働くようになり、入社6年後に社員数が40人に達する頃には、26歳の若さで新会社の取締役を任されたという。

 彼女の成功した原点である、「自分にとって難なくできるレベルのもの」を自覚することは、職にあぶれた若者の再挑戦にとって、ものすごく重要なことだろう。

 たとえば、gaiaxなどで簡単なホームページは作れるけど、本職のホームページ・デザイナーにはかなわない、という人がいたとしよう。

 それでも、超・初心者のお年寄りや小学生、身体障害者といった社会的弱者にとっては、一緒にホームページを作ってくれる人がいたら、ありがたがってお金を出すだろう。

 腕のいい本職の人たちは、そういう人を得意先としては選ばないし、社会的弱者は本職の求めるギャラの額面を用意できないからだ。

 そこに、職にあぶれた者が「自分にとって難なくできるレベルのもの」を発見する余地がある。

 社会的弱者の元へ足を運び、「ホームページを一緒に作りませんか? 安い価格でサービスしますよ」と売り込めば、仕事はつかめるし、1回でも「私にもホームページができた!」と喜んでくれる客がいれば、その客による口コミから芋づる式に増えるだろうし、そうやって感謝されれば、ますます仕事への意欲が増すだろう。

 つまり、現段階で特別な技術や資格を持っていなくても、「自分にとって難なくできるレベルのもの」が何かさえ自覚できれば、自営の道が開かれるわけだ。

 その自営の道さえ「俺には何もできない」と自分で放棄してしまったら、やがて収入源も資産も失い、貧乏どころか餓えて死ぬのも時間の問題。

 無職者のままでは結婚も子育てもあきらめざるを得ないし、親の財産を食いつぶすだけだ。

 そのまま独身を続け、家にこもるばかりの暮らしでは、「働け!」「雇ってくれるところがないんだよ!」という親子間の「内戦」をこじらせて近親殺人に及ぶか、自殺をしてしまいかねない。

 事実、毎年7~8月に公表される警察庁の統計によると、この国の自殺者数は8年連続して3万人を超え、2005年には3万2552人に上った。

 交通事故による死者(6千人強)の5倍もの多くの人間が自分で命を絶っているのだ。

 しかも、厚生労働省の統計によれば、20代・30代の死因は病死や事故死よりも自殺が最も多い。

 一方、2006年7月の(財)社会経済生産性本部の発表によると、6割の企業が3年間で「心の病」が増加傾向と回答し、年齢別に見ると30代に集中する傾向が見られた。

 会社に入ったところでどうにも浮かばれない人がいるという事実は、ただでさえ不安なニートたちにとっては、ハローワークに運ぶ足をさらに鈍らせるだろう。

 仕事の口もない、魂を注げる趣味も応援されない、将来に正規雇用のチャンスも期待できない…。
 果ては自殺か、殺人か。

 そういう絶望的な不安に対して正面から立ち向かおうとした若者たちの間から、「ネオニート」は必然的に現れた。

 就労のための教育も受けていないし、どこの会社にも雇用されていない、まさしく「ニート」の定義そのものでありながら、雇用に頼らず、不労所得で食えるようになった若者たち。
 それが、「ネオニート」だ。

 この言葉は、2年前に『給与明細』(テレビ東京)という番組でオンライン・トレーディングによる資産運用をしながら暮らしている「株ニート」を指して、テリー伊藤さんが名付けた造語だ。

 でも、昨今ではアフィリエイトや「せどり」、情報販売やネットショップなどの「元手0円」を前提にしたネット・ビジネスによって、ニート生活を脱出し、親より稼ぎ出すようになった10~30代の若者たちが続出していることから、彼らの存在こそ「ネオニート」の名にふさわしいと言える。

 なぜなら、彼らはただの新しい(=ネオ)ニートなのではなく、ネット・ビジネスによる不労所得から、それを本職の一つとして発展させ、自営業として成立させたり、儲けに応じて法人化して取締役社長に成り上がることで、世間との折り合いをつけるという(従来だったら)「ウルトラC」の人生逆転劇を見せており、現在ニートである当事者にとっては、安定した暮らしのできる親元にいながら、ネットを利用して親よりも多額の収入を稼げるというあり方は、現状を打破する方法と知恵を具体的に示した一つの確かな希望だからだ。

 もっとも、一方では「アフィリエイトなんかで儲けられるはずがない」という声が根強いのも知っている。
 しかし、そういう声を上げる人たちの多くは自営業者ではない。

 彼らは、友達が「俺は物書きになる」と言えば、「筆1本で食っていくのは大変だぜ」としたり顔で言うような無責任な人たちだ。

 僕もライター(=元手0円の自営業)になる以前によく言われたもんだ。
 しかし、現実にライターになってみると、そんな声はウソだった。

 この出版業界というところは、自分が売り込みさえちゃんとしておけば、いくらでも仕事をくれるところなのだ。
(そりゃ、仕事を選んだり、金遣いが荒ければ、貧乏になるだろうが、売り込みさえ怠けずに続けていれば、仕事なんていくらでもくれる業界なのだ、実際)

 アフィリエイトもネットショップも、ニーズを発掘し、それに見合う広告や商品を提供するという点では、読者層という市場を明確に示して雑誌の特集企画や新刊企画書を書いては仕事を取るライターと、ビジネスの基本は同じだ。

 ニーズに対して売り込み続ければ、漁師のように能力次第で稼げる。

 そういう自営業の基本姿勢を知らない人は、自営能力に自信がないから、ちょっとした副収入目当てのつもりで始めたアフィリエイトが儲からないと、すぐに辞めてしまい、「やっぱり儲からないものなんだ」と思うことで、自分の能力のなさを潔く認めないまま、「お前も儲からないぜ」と吹聴して回るわけだ。

 そりゃあ、趣味やお小遣い稼ぎの感覚なら、儲かりはしないだろう。
 「小遣いを稼ぎたい」なんていう余裕があるような暮らしぶりなら、稼ぐ技術を鍛えるまでアフィリエイトをつづけたりはしないからね。

 だからアフィリエイトで稼げなかった人たちは多いし、彼らは「あなたも儲からなかったのね。私と同じ」という同族意識で安心感を覚えて、「儲からない」を定説として結論付ける。

 その結論を鵜呑みにしても、べつに困らない暮らしぶりなのだから、彼らにはいつまでもそう信じておいてもらったほうがいい(そのほうが商売敵を増やさずに済み、競争がこれ以上、激化することを防ぐからね)。

 でも、来年の収入のメドさえ立っておらず、生き死にの問題として真剣に自分の境遇を憂いている立場の人なら、「もうコレに賭けるしかない」と覚悟して自分にとっての自営業として本格的に取り組めば、日々刻々と稼ぐためのノウハウも具体的にわかってくるから、稼げる作業を楽しく感じられるようになるだろう。

 そういう時こそ、人は自分の潜在能力を発揮していけるんだと思う。

 親の年収額面を越せるように営業ノルマと達成期日を決め、あとはやるべきことをちゃんとやれば、正社員で働く同世代の人たちの年収を超えることなど難しくないし、その程度の年収なら2年ほどでネット・ビジネスで稼げたという人が続出している。
(ちなみに、僕自身、25歳でライターを始めた初年度の年収は600万を超えていた)

 冒頭で現代日本の労働環境を説明したように、「ネオニート」のように不労所得からリスタートして自営業をめざす以外に、ニート脱出の道などない。

 ニートがニート生活から脱出し、将来のカタストロフを免れるには、ネオニートに進化する以外に道はないのだ。

 それでもニートのままで、餓死だけはしたくないと思うなら、親から資産を生前贈与してもらうか(※贈与税がかかって遺産の額面より目減りする)、円の力が強いために超低コストで生活できるアジア諸国に移住するか、あるいは過疎の村や町が入居希望者を募っている格安家賃の公営住宅やゲストハウスのドミトリー(雑居室)に引っ越して、自己資産の目減りをできるだけ先送りするしかない。

 現段階で、親元で暮らしながらも自己資産(貯金・換金可能な不動産などを含む金)が0円で、転居も出来ないなら、たとえば、日本語ブログを書いてアフィリエイトを貼り付け、毎月1万円程度をコンスタントに儲けられるようにしておけば、ベトナムあたりでは暮らせるだろう。
 平均年収が10万円の国だし(ただし、5年前の情報)。

 2005年発表のデータによると、国民が平均年収10万円台で暮らしている国には他にもウクライナ(18万円程度)、フィリピン(16万円程度)、インドネシア(15万円程度)などがある。

 ウソだと思うなら、次のサイトを見てみるといい(※単位はドル立て)。
http://www.finfacts.com/biz10/globalworldincomepercapita.htm

 でも、低所得で暮らせる国では、滞在ビザの発給や治安、政情不安、風土病、特殊な法事情など、長期滞在にはそれなりに根気と工夫が強いられる。

 年収10万円以下クラスの「超低所得」の国になると、貨幣経済が成り立っていないか、近代人としての暮らしが難しく、モノ不足は避けられないし、ヨソモノの定住が歓迎されるような国はないし、そもそもそれができるコミュニケーション・スキルがあったら、ニートなどしていないだろう。

 それでも低所得で暮らせる国に一度でも足を運べば、「便利で暮らしやすい日本で生きるほうがマシだ」と痛感し、生き直しのチャンスにはなるかもしれない。
(ま、そんな渡航費を捻出できる資産があればの話だが)

 結局、ニートはネオニートになるしか、生きる道はないのだ。
 しかし、そこにこそ、実は希望と救いがある。

 既に、ニートやフリーターだった若者たちの間から親より稼げるようになったネオニートたちが続出しているのだから。

 その現実こそが、不安を薄々と感じ始めたニートやフリーターには、最後のチャンスとして勇気づけられるエピソードになるはずだ。

 だから僕は、元ニート、元フリーターから「ネオニート」へと進化した若者たちについて取材した本を書いた。

 今年の2月末には、発売される予定だ。
 タイトルは、『親より稼ぐネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(扶桑社新書)。

 ニートやフリーターの当事者はもちろん、そんな子どもを持つ親たち、ニートになるかもしれないと不安を感じている若者たち、キャリア教育に携わる教育関係者、就労支援の関係者、青年会議所などにも必読の1冊だ。

 興味のある方は、2月末頃にAmazonでチェックしてみてほしい。
さっそくAmazonで買う!

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ネオニートに関する本を出します!

 2月末に、扶桑社新書が創刊され、その第一弾のラインナップの一つとして、拙著も出版されます。

 それが、『親より稼ぐネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(仮題)です。

 90年代から若者取材を続けてきた僕が、ずっと気になっていたのが、オンナコドモの収入手段でした。
 家族の内側の問題から彼らが解放されるためには、自立しなければなりません。

 しかし、雇用の制度や失業率、法律などは、オンナコドモに厳しいわけです。
 そこで99年に『完全家出マニュアル』を出し、「プチ家出」という造語を流行語にしました。

 もっとも、マスメディアはちゃんと「プチ家出」の実態を取材しないので、「プチ家出」を「たまに家に帰ったりする10代の放浪者」みたいに報道していました。

 でも、本当の「プチ家出」の意味は、「定職も定住先も目的もないニセ家出人」です。
 家出人の多くは、定職も定住先もその後の目的も早めに見つけ出し、ふつうに自立しています。

 「プチ家出」は、その自立ができないためにただ漂うしかない存在なので、自立している家出人に見習ってほしいという意味で「プチ」という接頭語をつけたわけです。

 もっとも、マスメディアでは、取材前から「家出=悪」と決めてかかっているので、現実の家出人がふつうに自立している姿は絶対に報道しません。

 だから、10代は自立の方法がわからず、社会の仕組みもわからないまま危ない体験を経ていき、余計な傷を負うわけです。

 今回のネオニート本は、ネット・ビジネスで親より稼いでいる20代の若者たちを描いていますが、そこにはゲストハウスに関するビジネスも勧めています。

 ゲストハウスは、1か月単位の格安家賃で滞在できる賃貸物件ですが、ネット・ビジネスで儲けたネオニートも安定収入の道を探しているのでゲストハウス経営による家賃収入の道を教えたかったのと、今すぐ家出したい18歳以上の人向けにはゲストハウスの存在を知らしめたかったからっです。

 ゲストハウスそのものについては、『ゲストハウスに住もう!/TOKYO非定住生活』(晶文社)という本に書いたので、アフィリエイトなどの不労所得で儲けた人は、安定収入路線への移行のために、一読しておくことをお勧めします。

 また、ゲストハウスを個人で運営したい人は、ネオニート本をぜひ買ってください。
 今ならまだゲストハウスそのものが一般的に認知されているとはいえないのでライバルも少なく、参入障壁が低いですから。

 本の表紙などの紹介は、僕の公式サイトから「book」のところへ飛んでほしいですが、今後はamazonのアソシエイト・バナーを貼り付けようかなと思っています。

 ものかきという仕事をやっていると、自分の本のアフィリエイトを貼る時に「この配当率はでかいなぁ」と感じます。

 なにしろ著者印税が10%しかないのですから、購入者によるアソシエイトの配当率が8%もあると、400字詰め原稿用紙換算で400枚近くも書いて1冊の本を作るという時間と手間を考えると、書き下ろしをする仕事が効率良くはないように思えてくるからです。

 しかし、オリジナル・コンテンツを持っていることは、本の印税はもちろん、増刷されたり、文庫化されたり、翻訳出版されたりと、一度の仕事で長期間、お金が入ってくる「インセンティブ収入」としての旨みがあります。

 まぁ、そのためには雑誌連載を本にまとめるのが、一番無駄のない仕事のやり方なんですが、そういうことも含めて、10代や、男性より平均年収の低い女性たちに、収入確保の方法を考えてもらえたらと思い、ネオニート本を書きました。

 ちなみに、今後のテーマは、「いまどきの10代の未成年がどのようにして収入を稼いでいるか」です。
 不労所得、自営業、文才などを活かした印税など、自分の能力を換金する「稼ぐ10代」について取材・執筆していこうと思っています。

 問題は、「どこの雑誌で取材経費や執筆ギャラを持ってくれるか」なんですが、これは早々に解決するつもりで売り込みに動きます。

 親より稼ぐ子どもに育てること。
 それこそが、親や教師、世間といった「教育者」的立場の人間が担う課題なんだろうと思うのです。
 家族から自由に生きていくためには。

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「Ping送信」を知る

 昨晩、アフィリエイト用のサイトを新設するために、無料のテンプレートを探していた。

 そしたら、そういうフリー素材集のサイトには多くのアフィリエイトのバナーが掲示されているのと同時に、すべてのフリーの素材をダウンロードして使うには、そのサイトへのリンクのソース(htmlタグ)を外してはいけないというルールがデフォルトであるのに感心した。

 つまり、タダで分けてやるから、それを使ったあなたのサイトを見た人もこっちのサイトに見に来るチャンスを増やしてくれ、というわけだ。

 つまり、フリー素材を使ってサイトを作れば、そのサイトを見た人をフリー素材のサイトへ導き、そこにあるアフィリエイトの閲覧者が増える、というわけだね。

 そうやって、多くの人がいわば宣伝してくれるわけだから、無料でほいほいダウンロードさせたほうがいいわけだ。

 そのような仕組みのサイトが作れないものかと、ベッドに入ってからアイデアを練っていたら、「日めくり占い」みたいなcgiはどうかと思いついたのだが、検索してみると、既にそういうサイトはあった。

 そこで海外向けに唯一無二の無料提供できるコンテンツはないかと考えながら、いろんなアフィリエイトに関するサイトを覗いていたら、「Ping送信」という言葉に出くわした。

 これは、自分のブログの更新情報を不特定多数のサーバへ一斉送信してくれるというスグレモノで、この「Ping送信」の設定をしておけば、より多くの人がブログが閲覧する可能性が高まり、検索エンジンにもヒットしやすいのだとか。

 もちろん、あくまで可能性の話であって、すぐには閲覧者が増える実感は持てないだろうが、設定しておいて損はない。

 ちなみに、それを手軽にやるには、下記のサイトがお勧めだ。
http://pingoo.jp/

 FC2ブログの場合、ブログの設定をちょっといじっただけで、すぐにできた。
 ものの数十秒というところか。

 さて、英語圏向けの無料提供コンテンツについて、あるナイスなアイデアが浮かんだ。

 少々、面倒な作業が伴うが、市場の広い英語圏のアフィリエイトを始めると思えば、つらくなさそうなアイデアだ。

 しかも、中学生にもできそうな手軽さで、時間の余っているような人ならスグにでも実行できそうなものなので、ここでは公開しない。

 やがて英文ブログを始めたら、そこでやってみるつもりだ。

 できれば、春頃までには始めたいが、はてさて、毎日の仕事の間にできるかな?
(それが何かはお楽しみに!)
 

 

テーマ:超初心者のアフィリエイト - ジャンル:アフィリエイト

電子出版の印税

 電子出版には、実は大きく分けて2種類ある。
 一つは、本屋で紙として売られている商業出版物をネットで売るもの。
 言わば、職業作家のコンテンツの2次使用だ。

 しかし、そこでは著者印税は一律10%になっている。
 多くの出版社が参画している日本電子出版協会の決めた数字らしい。

 だいたい本を書けば、著者は10%の印税をもらうのが相場だが、同じ内容をネットで読ませても10%とは、これいかに!?
 製作コストをかけていないのだから、もっと著作者への配当を上げてもいい気がするが、新規で本を出す際に、出版契約書にこの数字を前提とした2次使用の許諾を求められてしまうので、著者としてはいかんともしがたいところなのだ。

 そこで、もう一つの電子出版のあり方が魅力的に思えてくる。
 それは、下記のようなサイトにおける電子出版だ。

◎プレミアムまぐまぐ
hhttp://premium.mag2.com/

◎でじたる書房
http://www.digibook.jp/index.php

◎Boon-gate.com
http://www.boon-gate.com/index.html

◎@pay
http://pay.nifty.com/pay/servlet/list

 いずれも、著者印税は50~60%だ。
 これは、主に素人向けのコンテンツを主力商品にしているため、小ロットを前提にする必要性から印税率を高めに設定しているのだろう。

 しかし、著作権保護やサーバ運用などのコストは、商業出版物の電子出版物とさほど変わらないはずだ。
 結局、電子出版でも10%に甘んじるしかないプロ作家は割りを食っているということになる。
(※日本電子出版協会は、なぜ10%なのかについて十分な説明を作家にしていない)

 おそらく将来は、本を出している作家も、本とは別のバージョンをこうした素人向けコンテンツを売る電子出版サイトを通じて売り出していく流れが始まるのではないだろうか。

 小説などは、ラストシーンが違うバージョンや、主人公をサブキャラに変えたバージョンなど、いくらでもバージョンの違うコンテンツを売り出せるだろうし、ノンフィクションでも半分以上内容を変えたり、新規情報を加味した内容にすれば、出版社とトラブることなく、別バージョンをネットで売る(先行販売も可能)こともできるだろう。

 また、素人にとっても、50%程度の印税をもらいながら、売れ筋のコンテンツに育てていけば、商業出版のオファーがかかると思われる。

 自分のブログが人気が出たら、アーカイブはそのように複数の電子出版向けのコンテンツとして流せばいいのだから、無理のない副業になるかもしれないしね。

 もっとも長期的に考えたとき、僕としては人気コンテンツを自動的に英訳してくれるサービスがあったらいいなと思っている。
 時代も国境も超える普遍的な価値のあるコンテンツは、「ネット発、紙媒体」という流れの中で、いろんな国で本として流通するのが望ましいと思うので。

 そういう英訳サービス会社があれば、英語圏でそのコンテンツを売る際に出版権を主張すればいいと思う。
 現在、素人向け電子出版サイトは、出版権を主張していないけれど、英訳という付加価値をつけえれば、狭い日本市場よりも海外の大きな市場に打って出れるのだから、どこか、そういうことをやってくれる会社ないかしらね?
 

テーマ:サイドビジネス・副業 - ジャンル:ビジネス

有料ダウンロードを準備中

 ライターという仕事は、雑誌・新聞などに記事を書くのが本業だけど、連載しても書籍(本)にその記事が収録されるとは限らない。

 僕の場合、なるだけ書籍化できるコンテンツのみ連載することにしているが、それでも収録されなかったり、書籍化が中座してしまうこともある。

 そこで、書籍に収録できなかった原稿や、連載でない単発記事、あるいは講演録や、未発表テキストなどをまとめて電子出版することにした。

 「でじたる書房」というサイトで買えるように準備中だ。
http://www.digbook.jp/index.php

 そこでは有料ダウンロードすると、専用のブックリーダーで読める(※コピーガードのため、このソフトをダウンロードしなければならない)。

 著者印税は50%で、プレミアまぐまぐが60%だから、まぁまぁの配当率だろう。
 少なくとも本を書く著者にとっては、本の印税が10%程度だから、ありがたい数字といえる。

 現在、作業しているのは、そこで売り出すテキストの編集だ。
 編集という作業なしには、良いコンテンツも売れない。

 だが、この「編集」という作業を、往々にしてIT系の会社は軽んじている。
 これは自動化できないクリエイティブな作業なのだが、そこにお金をかけないで売ろうとするわけだ。

 つまり、編集技術へのコスト・パフォーマンスを見積もれないので、売れ筋や市場の見えるコンテンツしか売れないというわけだね。

 これは、IT系の商品開発に対する自信のなさというか、オフラインのビジネスとの上手な提携に対する遅れというか、いずれにせよ、早急に改善すべき課題なんだろうと思う。

 ちなみに、この有料ダウンロードが要領よくできるようになったら、絶版本を売ったり、「完全家出マニュアル」新装版も、ネットで売れるようにしてみたい。
 乞う、ご期待!

テーマ:本に関すること - ジャンル:本・雑誌

アフィリエイトはなんとか貼れたが…

 なんとかFC2とA8のアフィリエイトを貼れた。
 要領がなんとかつかめたという感じだ。
 この調子で、ワンテーマに特化したサイトを作っていくつもり。

 しかし、FC2サーバが不安定なのかどうか、よくわからないのだけど、
最新のIEで動作確認すると、なぜかこのブログが読めない(笑)。

 Macの旧IEでも、デザインが変になっても読み出せるし、
firefoxなら完璧に読み出せるのだけど、これは同じブログに
いろいろ貼り付けたために、データが重いせいだろうか?

 IEブラウザで見られるようにするには、どんな改善が必要か?
 誰か教えてくださいな。
 初コメント、大歓迎!

テーマ:サイト日記 - ジャンル:日記

アフィリエイトを始めてみよう!

 2月末に創刊される扶桑社新書から、「ネオニート」についての本を出します。

 ネオニートとは、アフィリエイトなどのネット・ビジネスによる不労所得から自営業へと成り上がり、親より稼ぐようになった「元ニート」「元フリーター」の20代の若者たちのルポです。

 そこで僕もアフィリエイトや有料ダウンロードを試みることにしました。
 書籍に未収録の原稿をネットで売ったり、ワンテーマごとにサイトを作ってアフィリエイトをやってみようというものです。

 まだ、このブログには1個しかアフィリエイトを貼っていないのだけど、随時、増やして様子を見ようかなと。

 もっとも、F2ブログで広告バナーをどしどし張る手順に手間取り、フリーエリアに1個しか貼り付けられていないという惨状なんですけどね(笑)。

 どうすれば、複数のバナーを効率よく張れるのか。
 知っている人がいたら、教えてくださいな。
 
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プロフィール

今一生 con isshow

Author:今一生 con isshow
 ライター・編集者。
 '97年「Create Media」名義で編集した『日本一醜い親への手紙』がベストセラーに。
 '99年に発表した『完全家出マニュアル』で造語した「プチ家出」が流行。
 著書に『ゲストハウスに住もう!』(晶文社)、『下流上等』(学事出版)、『「死ぬ自由」という名の救い』(河出書房新社)など多数。
◎公式サイト
◎今一生の本

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■ネオニートへの道
■クスリをやめたいあなたのために

■ミス御隠居の無責任日記
芸能時事ネタで笑えるのほほん日記。


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ライター&エディターのロイ渡辺くんのブログ。


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豆腐屋の娘でも無いのに、東京で豆腐屋修行するちべまろさんのブログ。



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■世界の片隅から、映画を観る。
心動かされた映画を紹介するまこと(仮名)さんのブログ。



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